第28話 説得師隊


 翌日。太陽の昇る前に、公爵家の一室には数人の人影があった。

 何を隠そう、俺とシュン、リィナ、そして公爵の男性――クルスと名乗った――がある事件に関しての談義をするためだ。


「頼んだぞ、あれは危険過ぎる」

「って言ってるけどねー。僕は人の恋路に対して行動出来るような人じゃないよ」

「私もです」


 ちなみに、俺が相談しているだけである。当初は喜々として聞いていたシュンも、今では苦笑いと共に諦めた表情。なぜだ!


「第二王女様が、直後に寄越した使者によれば、既に国王陛下および周辺の貴族たちからの”了承”は貰っているとのことだ」


 苦笑しつつもクルスさんが告げる。俺、絶望。


―あれだろう? ”了承”じゃなくて”命乞い”とか何かの間違いだろう?


 第二王女の瞳あの目を見たからわかる。あれは……あれだ、シュンが言ってた。


「……そうだ、ヤンデレという奴だ!」

「どうしたのレイ、急に変なこと叫んで」

「あ、すまない」


 思わず叫んでしまったが、間違いない。あの狂ったような瞳、執念のような感情、シュンの言っていた通り、あれがヤンデレとかいう人種なのだ。


―なんという恐ろしい種族だ。英雄がなんだ、あれこそ最大の強敵じゃないか。


 しかも、洗脳の力まで持っているのかもしれない。シュンもクルスさんも助けてくれない。

 絶望的な状況に立たされたのだ。いや、待て。まだ可能性が残っている。


―確かめるしか無いか……。








 深夜。


 誰もが寝静まったであろう頃に、俺は王宮に忍び込んでいた。もう一度言おう。不法侵入している。


―大丈夫、寝ているな。


 第二王女が完全に寝ているのを確認して、俺は動き出す。まずは、ベッドの掛け布団をある程度ずらす。現れたのはネクリジェ姿の第二王女。

 刺激が強いのと、色香が凄い。


 まだ幼いながらに成長を始めさせる四肢に、艶のあるあどけない顔。無防備な故にチラチラと誘うように揺れ動くふともも……。


―……思考がまるで変態だったな。


 危ない危ない。昨日魅了されたばかりだからか、危機感というか、第二王女への好感度が強制的に上げられてるようだった。



―いや。


 もしかしたら、違うのかもしれない。


「<洗脳アビリス>」


 強制力を強めると、第二王女の能力である魅了によって感ずかれるかもしれない。だからこそ、あくまで自然体を装って意識の誘導を図る。

 自然と、俺への好意を薄れさせるように――――




「私ね、大きくなったら王子さまとケッコンするの!」

「それはそれは。大変素晴らしゅう御考えに御座います」

「えへへ~!」


 幼き第二王女は、年相応だった。無邪気で無垢な彼女を害する者などいなく、平和平穏そのものな日々が過ぎていった。

 彼女、クレシアは幸せだった。



「王女様、北方のラドレフ公爵様より縁談の御話が来ております」

「……断りなさい、彼の家には確か奴隷が居たわよね? あの奴隷の家族関係を調べなさい、恐らく黒ね」

「かしこまりました」


 14歳となったクレシアは、既に孤高の存在だった。彼女が11歳の時、とある事情により、彼女は魔族にのだ。

 だからこそ、他人との関わりを全て拒絶し、排他していた。けれどその実、身内には過保護なほど優しく、そして儚い笑顔を見せていた。


「はぁ……」


 大事な要件、必要な話、喜ばしい話、楽しい話、素晴らしい話……。全て全て、彼女をまるで厄介払いするように嫁がせようとする話ばかりだった。

 無論それだけでは無いが、しかし彼女にはその話しか映らなかった。


「こんなに腐った世界なんて――」


 そしてついに、闇に呑み込まれた。病に侵され、満身創痍となった。毎日が試練、生き地獄であり、そして生還しても苦痛の日々。

 楽しみなど無いのだ。何一つとして。




「そう、だから「俺はお前のモノにはならない」……えぇ、そうね」


 暗い声ととおに、声の主は再びベッドの中へと沈んでいく。昨晩あれほど爛爛としていた瞳に、明るさは無かった。

 大方の見当は付いている。けれど、それを俺がどうにかするのは勘違いだ。彼女のこれは、恋愛ではなく依存、助けてもらった恩と勢いに照らされているだけだ。


「だから「私は、諦めないわよ」……」


 つい先刻と同じようなセリフを、奇しくも今度は貰ってしまった。

 一瞬言葉に詰まった俺を置いて、彼女はポツリポツリと言葉を溢していく。


「貴方は平民、この国最高の技術でも治せなかった病を治し、転移すらも可能とするヒト。自由を生きているものね、私とは違うわ……」


 悲し気で、儚い声。

 先ほどまであれ程輝きを持っていた肌が、今はただただ弱々しかった。


 その先の言葉を、彼女が紡ぐ。


―ほらな。やっぱり……。


「だ「だから」」


 彼女に被せるように、俺は告げる。先ほど俺が彼女に被せられ、言えなかった言葉を伝えるために。


「恋人くらい……なら」…いい、ぞ?」

「……。……え…………?」


 長い沈黙だった。まるで自殺でもしそうな雰囲気だった彼女が、一瞬にして無に変わる。そのまま、爆発しそうなほどの喜びへと変わり、再び消え去った。

 戻ってきた暗い顔の彼女が口を開くと同時に、俺は再び被せる。


 今度は、笑みを浮かべて。


「どうやら、俺も一目惚れらしい。こんなに強引に迫られたのなんて、初めてだったからな」


 そう言って笑い掛ける。そして紡ぐ。


「お前の過去は大体分かった。何が起きたのかも見当が付くし、今のお前の立場もある程度は分かってる」


 正直この歳の少女が背負うことの出来る範囲じゃないとは思う。けどそれが今の世界だというのなら。


「で、それがどうしたんだ?」


―俺は破邪ノ英雄。邪を破り光と敵対する英雄也。そして、


「俺が導いてやる。俺が切り開いてやる」


―世界で最も強いと宣言できる男だ。


「だからまずは、恋人から始めてみようぜ? ゆっくりでいいんだろ? 答えを探せば良いさ」


 途中から、涙が止まらなかった様子の彼女は未だ泣き途中。これは当分掛かりそうだと腹を括ったが、案外にも返答は早かった。


「はい……うん、不束者ですが、宜しくお願いします……!」


 

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