第16話 令嬢と勇者の試練(5)~歴史の開幕~

 欠けていた部分が取り込まれていく感覚とともに、意識が浮上してきた。


 _まだ、目の方はされてないんだね。コレは、僕の負けだね。


 感覚の無い目は、つまりまだ治っていないというコトだ。

 現実での自身の身体は、光の粒子が集まってきている状態だろう。


 聖と闇の激突の末、押し負けたのは聖だった。

 闇の奔流が自身の身体を飲み込む光景が、今でも脳裏に浮かんでくる。

 あの、暴力的な雰囲気を放つ波に飲まれたという事実を認識しながら、夢のようにも思う。


 _ああ。神様。僕は、頑張れるのかな?


 返事の無い質問を虚空に考え、ついで身体に意識を移した。

 足の方は修復してきているのだろう。しっかりと動かせる感覚が伝わってくる。

 上半身の修復には、まだ暫く掛かりそうだ。


 この状態は、呪いによる修復状態だ。

 決して死なない身体というのは、意識も身体も魂も。その全てが再生する呪いなのだ。


 _ッ!!


 ふと、懐かしい記憶が脳裏に再生された。

 幸せだった。家族との思い出だ。自分を慕ってくれた妹。愛情をくれた母親。心構えを説いてくれた父。

 その全てが、幸せで、嬉しくて、大切な記憶だ。


 まだ修復されてないはずの頬に、冷たい感触があった。

 流れるように下に滴り落ちて行き、身体から離れた。

 また一粒。また一粒。


 止まることを知らない涙は、幾度も無いはずの頬の感触を感じさせた。


【特殊条件を達成しました。個体名、救世の勇者に固有技能<過去を願う者>を付与します】


 _え?


 突如視界に現れたその文章は、読み終わると同時に消え失せた。

 それと、同時だった。


【特殊条件を達成しました。個体名、救世の勇者に付与された、<永久の呪い>を解呪します】


 またもや現れた文章。そこに書かれているのは、自身を蝕んでいた呪いを解くという文章。

 意味が分からない。

 しかし、1つだけ理解出来ていることがある。


 呪いは確実に解除され、自身の身体から力が沸き上がってくる感覚がある。

 神話の力が、蘇ってきている。


 _今なら、使えるかもしれない………


 戻って来た力を感じて、ある魔法の発動が可能な気がした。

 これがあれば、あるいは…………


 _『不屈の魂よ 永久の回帰よ その永遠なる流れに その強制の奔流に ”反発”する力を与えたまえ 【復活】』


 意識が、身体が、現実に、浮上していった。


 ____________________________

 ※レイ視点


 光の粒子が、高速で収束していくのを見て、俺は成功したことを理解した。


「これは、どういうことですか……?」


 がそう尋ねてきた。


「シュンが、力を取り戻しつつある」


「!じ、じゃあ、救世の勇者が、蘇るのですか?」


「ああ」


 そう答えると、リィナは瞳を輝かせて喜びを表現した。

 その姿を見ていると、本当にシュンは良い相手を見つけたと思う。

 目前の、光の集まる速度が加速していくのを見て、俺は力の復活を感じた。


 _また、時代が変わるのか………


 フッ、と隣を見ると、リィナも今は視線をシュンに向けている。

 構築される身体は、物凄い速度で再生されていた。


 _復活したシュンが、リィナを見たらどう思うのだろうか。今の力なら、シュンには


 それでも、この選択は間違えでは無いと思う。


「リィナ」


「!は、はい!」


 少しだけ威厳を出してそう呼ぶと、身体を震わせてからリィナは振り向いた。

 少しだけ、恐怖を感じているようである。

 それを見て、俺は不覚にも笑ってしまったのは不可抗力だ。


 例え、それによってリィナの雰囲気が和らいだとしても。


「シュンは、俺にも話せていない秘密を抱えている。この世界で生きていくだけでは終われないかもしれない。時には、心が折れるだろう。アイツは、そんなに強い奴じゃない」


「……………」


「その時、リィナはシュンの支えになれるか?助けになれるか?傍にいられるか?これは、覚悟の問題だ」


 一瞬で空気が変化したのを感じながら、俺はそう問いかけた。

 暫く俯いていたリィナだが、やがて顔を上げた。


 その表情は、笑顔だった。


「ええ。私は、シュンの支えになります。助けてあげます。傍にいます。だって、私はシュンが、大好きですから」


 その言葉に、俺はフッと笑ってから、1つ、頷いた。


「なら良い。だが、困った時はシュンに頼れ。無理な時は、俺に頼れ。シュンの隣というのは、そういうものだ」


「っ!……はい!………あの__」


「さぁ。シュンの復活だぞ?」


「えっ!?ちょ、ちょっと待ってくださいよ!?私今真剣な雰囲気だったはずなんですけど!」


「知らん」


 シュンに向かって歩き出した俺に、不機嫌そうな顔をしたリィナが走って来た。

 光の粒子はほとんど消え、そこにはシュンの姿がある。

 今にも起き上がりそうなその顔は、優しそうに微笑んでいた。


 _説明が面倒になりそうだな。


 そう考えてしまうのも、致し方ないはずだ。……多分。



 何時の間にか雲が途切れ、その隙間からは太陽が差し込んでいた。

 地平線へと沈み行く太陽が、その輝きで空を赤く染め、夜の訪れを知らせている。


 物語は、此処から始まる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る