第14話 令嬢と勇者の試練(3)~決断と魔族と~

 沈黙が場を満たし、窓に当たる風の音が大きく聞こえる。

 苦しいくらいに静かな沈黙に対して、シュンはただ黙って俯いていた。


 目前に立つリィナの顔は、驚愕に染まっている。

 その身体から現れた翼と、角の存在に。


「これは……!」


「この呪いを受け継ぐ者は、互いに秘密は一切保有出来ない。姿も、心も、記憶も、その全てが、相手にも平等に伝わるんだよ」


 悔しそうにそう告げたシュンに、リィナは沈黙で答えた。

 やがて、先に口を開いたのはリィナであった。


「そうですか…………。私が、こんなにも私でいられるのは、のお陰という事ですね?」


「うん。出会った時は、もっと大人しくて、人見知りだったリィナが久しぶりに会ったら、こんなにも凛々しく、美しく、生き生きとしてるんだもん。驚いたよ。そして、ごめん」


 その言葉が指すのは、一体どんな意味なのだろうか。

 リィナは、悲しそうな笑みを浮かべて、笑った。


「大丈夫、ですッ。私も、幸せでしたから…………」


 儚い。そんな笑みで、リィナは笑っているようにシュンには見えた。


 _ああ。どうして、彼女は此処まで強く、優しいんだろう。


「…………」


「…………」


 互いに、もう告げる言葉が見つからないように口を開けたまま俯いた。

 気付けば、リィナから黒い瘴気が漏れているのが分かる。

 種として弱いリィナの意識が、人格が、魔族の意識に殺され始めているのだ。


 このまま、時間が経てばリィナの姿をした魔族が生まれるだろう。

 せめて、それだけは止めてあげたい。

 そう考えて、シュンは聖剣を召喚する。


 その寸前だった。


「悪いが、その魔族は殺す」


 その声と同時に、光の輝きが上空からリィナに降りかかった。


「なっ!?レイ!!」


 その魔法に気付いたシュンは、鋭い声で魔法の発動者に声を掛けた。


「なんだ?」


「どうして!!どうしてこんな魔法を使う!?」


 そう叫ぶシュンの目には、ハッキリとした怒りが浮かんでいた。

 その、人間らしい感情を見て、レイは嬉しそうに笑みを浮かべた。


「『我の名は破邪ノ英雄レイ!!従い、服従するを良しとしない汝は何か!!』」


 張り上げた声と同時に発動した魔法は、レイとシュンの身体を淡い緑の光で包んでいた。

 それに気付き、シュンは一瞬だけ躊躇い、しかしすぐに声を張り上げた。


「『我の名は救世の勇者シュン!!共存し、助け合う世界を望む者!!汝、その在り方を改めよ!!』」


「『笑止!!我の望む道を邪魔する者は何人たりとも押し通る!!』シュン、以前から成長したその力、見せてもらおうか?『我の前に立つその資格。拝見させてもらおうか!!』」


「『良かろう!!汝の道を阻み、我の道を押し通す!!』今度は。負けない!」


 未だ苦しみ、もがくリィナの目前にて、2人は右手を横に突き出した。

 あの日の記憶を。あの日の戦いを。

 その全てを以ってしても勝てないこの壁に、挑む。


 何時しか、空の雲からは無数の落雷が地面を穿ち、災厄を呼び起こしていた。


「聖剣、デュランダルッ!!!」


「闇剣デュランダル」


 両者の右手に握られるは、まったく同じ模様の、対色の剣。

 神々しく輝き、光を放つ聖剣デュランダル。

 瘴気を纏い、禍々しい妖気を放つ闇剣デュランダル。


 対峙する両者の間に生まれた空間は、まさしく光と闇。

 しかし、2人の成長はこれだけではない。


「『世を浄化し、蔓延る闇を払い。傷を癒し、導く光よ!その全てをこの手に!力よ!__神装デュランダル!!』」


 シュンが唱えたのは、デュランダルを鎧として装備する言葉。

 光がシュンを包み、現れたその姿は、正しく勇者となっていた。


「『全てを無に還し、世界を終わりへと導く闇よ。塵も残さず、その道へと導け!その全てをこの手に!力よ!神装、邪神法衣!!』」


 闇がレイを包み、現れたその姿には瘴気を放つ法衣が着られていた。

 闇を想像させる黒い法衣に、瘴気を放ち、禍々しい雰囲気を出している。


「何故、何故リィナを殺そうとする!?」


「勝利した者こそが正義だ」


「クソッ!!」


 未だかつて、シュンはレイのこの姿を見たことが無い。

 このように、シュンのまったく願わない未来へと繋げようとするレイなど。

 さらに、それについてはまったく答えようとしない。


 何かある。


 対峙するシュンには、何故か不思議と、戦うという意思が生まれていた。

 絶対に、この戦いには勝つと。



 物語は、まだ始まらない。

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