第10話 学園への基準値(2)~公爵の1日~
※三人称視点
常識、もとい知識を集めるための観察は翌日、つまり今日から開始された。
レイが寝泊りをしたのは公爵家の屋敷の一室。客用の部屋だ。
その部屋は、来賓用らしく、下手をすれば公爵本人よりも豪華な部屋に寝る事態も有り得る。
昨日、レイが男性と称していた人物こそ公爵当主で、名をステファニーという。
早速、早朝のステファニーがまだ寝ている時間から、レイは観察を開始した。
・・・・勿論、不審な目で見られたのは気の所為のはずである。
公爵家の朝は早い。
太陽の昇る前に起きたステファニーは、すぐに身支度を整え、部屋から出て行った。
残されたレイも、それに続くように部屋から出て、ステファニーの後ろに隠れるように歩き始めた。
「おはよう」
「おはようございます。旦那様」
『おはようございます』
ステファニーが年長のメイドに挨拶をし、それを返したメイドに続いて周りのメイドも挨拶をした。
この連携のような光景を見るのは初めてで、レイにとっては新鮮な出来事である。
途中、執事らしき男性がステファニーの隣に着いて歩き始め、時折振り返ったりとしている。
淡い緑の輝く瞳が一瞬見えて、次の瞬間には消えている。
_魔眼か。
魔眼とは、その名の通りに、魔力の篭った瞳のことを表す。
神話の時代、この魔眼の種類は数百を越えており、多彩な使い道をされていた。
中には隠蔽系の技能すら覆す強力な”眼”を持つ者もおり、レイは苦労したものだ。
何よりも、魔眼は発動しない限りは感知出来ない。という性質が厄介であった。
魔眼には、かつてのレイが苦戦するほどの可能性と力が秘められているのだ。
_この時代にも、魔眼があるとは驚きだ。
そう考えながら、手元の手帳に意見を書き込んでいく。
_「執事は有能」
続いてステファニーが向かったのは、屋敷の右側に位置する食堂だ。
長い廊下を歩き終わる頃には、太陽が顔を覗かせている。
「おはよう」
『おはようございます』
そう告げながらステファニーが入ると、四方から返事が返ってきた。
それに満足したように頷いたステファニーは、そのまま正面の長テーブルの縦に座った。
レイはその背後に立ち、食堂を見回していた。
ある者は座り、ある者は控え、ある者は料理をしている。
配膳をする者や、周囲に眼を光らせている者もいる。
_賑やかな食堂だな。
以前からは、想像も出来ない風景である。
_こんなにも、平和なのは。
此処にいる者の、その大半が心から幸せそうな顔をしている。
その光景が、レイには酷く驚愕する光景でいた。
胸の奥が、チリッ、と痛んだ気がした。
食事事態は、かなり静かに進んだ。
仮にも貴族であるため、賑やかな食卓は無いだろうと予想していたが、意外にも会話は飛び交っていた。
少女は学園についてを語り、シュンは自身の冒険を話していた。
ステファニーの隣に座っているのは、恐らくステファニーの妻であろう女性だ。
成る程やはり、美しい姿をしている、とレイにも感じられた。
一瞬、レイと視線が交差した気がしたが、それを確認する前に女性の視線は外れていた。
首を傾げるレイは、だがしかし、ステファニーが食事を終えたことで考えは打ち消した。
歩き始めたステファニーの後ろを、そのまま着いて行くと、ステファニーは執務室に入った。
一緒に執事も入ったことから、この執事はかなり地位の高い執事だと分かる。
気配を最大限に消したレイも、扉を透過して部屋に入った。
_無魔法<透明><霊化>
中では、ステファニーと執事の2人が書類を整理していた。
机の上に積まれた山のような書類の束を見て、レイは眉を潜めて苦い顔になった。
_ああ、貴族とは大変なのだな。
そんな感想を抱いたレイとは別に、ステファニーは眉を潜めた。
「魔物の増加、か………やはり、報告が必要になったか。至急、王宮に通達せよ」
ステファニーがそう言った直後、執事の姿は消えていた。
執事の居た場所をレイが注視すると、光の粒子が消え始めていた。
つまり、魔法が行使された、ということだ。
_この時代の執事とは、此処まで有能なのか?以前でも空間魔法を扱える執事なんて少なかったぞ?
執事の有能性に若干の疑問を残しながら、時間は過ぎていった。
太陽の暮れる夕方。
1日中を執務室の机の上で過ごしたステファニーは、やはり何処か疲れた様子だった。
それもそのはず。
今日一日だけで、王宮に報告すべき案件が4つも存在したのだ。
_____________
魔物による村1個体の全損について。
高濃度の魔法反応について。
外交について。
迷宮より確認された異常について
_____________
全ての書類を捌き切ったのが、夕方という訳だ。
立ち上がったステファニーの横に並ぶ執事の男性も、疲れの様子が見てとれる。
_ふむ。なら、これくらいの労わりは必要だろう?
「草花の香 陽光の輝き 踊る妖精此処に在れ _<極上の心地>」
光が2人を包んだ。
同時に、ステファニーと男性の顔は心地良さに緩められた。
例えるなら、冬の一仕事終えた後の露天風呂だろうか?それと、最高級ベッド。
夕日が地平線に輝きを残して去り行く中、1日の終わりを感じた2人だった。
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