⑧ 盤面をひっくり返して
何度も腕を引きちぎり、心臓にダメージを負った状態の白炎を殺すことは容易いだろう。
あとは、心臓に銀に十字架を埋め込み、首を刎ねればそれでお終い。
撃退や説得なんて方法で白炎を生かすことに意味はない。
全ての家族を失い、自らを殺す方法を失い、絶望感と喪失感を抱えた彼は、結局自殺する方法を求めて彷徨う亡霊となるだろうから。
そんな話のどこに救いがあるのか――と燈火はいう。その点については僕も同意だ。
しかし――それで彼を殺す、という手段を取ってしまえば、「吸血鬼の呪縛」に敗北したことと同じだ。生きている限り救いはない、吸血鬼と関わった物語にはバッドエンドが憑き物なのだと――認めるようなものだ。
燈火の真の願いは、「白炎を救う」こと。それが達成できれば、彼を殺す必要はない。
それこそが――本当に「救いのある物語」ではないのだろうか?
「……」
とはいえ、だ。
ここから、そんな展開にまで持ち込めるのだろうか。
舌先三寸、口八丁。
これまで僕が得た情報を繋げれば、一応、それなりの公算はある。
だが――肝心の白炎が、それを聞き入れるかどうかは分からない。
そもそも、燈火を殺した僕の言葉に聞く耳など持つだろうか?
「……どうした。早く殺せ。それとも、まだいたぶり足りないか?」
喋るのもやっと、という状態で、白炎が僕に問いかける。
高坂 白炎。吸血鬼の末裔、燈火の父。
妻と父母の自殺に係る手助けを、燈火に押し付けた男。
その罪を彼自身が背負っていれば――燈火は自殺願望を抱くこともなかったかもしれない。
生きてさえすれば――やり直すことだって出来たはずのに。
「……ん?」
決定的な違和感を覚えて、思考が立ち止まる。
だって、その台詞を言ったのは――白炎ではなかったか。
『お前さえいなければ――お前さえいなければ! 確かに私は間違いを犯したかもしれないが、それだって生きていればやり直せたはずだ! 違うか、この殺人鬼が!』
「……」
もしも都合のいい方向に想像力を膨らませるとしたら――
盤面をひっくり返して――もう一度、考え直すとしたら。
刹那的な閃きが連鎖し、情報と結びつき、一つの仮想が浮かびあがる。
どうしてその可能性にもっと早く気が付かなかったのだろう。
もし、その仮想が真実だとすれば――
僕は、間違いを犯したどころの話じゃない。
吸血鬼の呪縛に囚われているのは、僕の方だ。
「……あなた、トドメを刺すのなら今しかありませんよ」
燈火が、僕の背後で囁いた。
「今は弱っているとはいえ――すぐに、心臓に蓄積したダメージも回復してしまいます。そうなればまた、父は暴れ出すでしょう。再生力が強いということは、体力も無尽蔵ということです。このまま戦いが長引けば、不利になるのはあなたの方です」
「いや――もう、その必要はないんだ」
「え?」
燈火の驚く声を聞きながら、僕は白炎の目を覗きこむ。
試みるのは対話ではなく――答え合わせ。
探偵は僕。犯人は僕。被害者は、吸血鬼の親子二人。
盤面をひっくり返した先に、そんな結末が待ち迎えていようと――
当事者である以上、目を逸らすわけにはいかない。
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