④ 自己紹介の時間
僕の住んでいる町の名前だ。
人口約一万五千人程度の小さな街で、目立った商業施設はなく、商店街は軒並みシャッター街と化しているような、早い話が過疎地域。
その中でも僕の家は、住宅街から少し離れた山間部、土砂崩れでも起きようものなら確実に巻きこまれそうな丘の上にある。
高校を卒業してから、両親が僕にあてがった家だ。
ここなら、仮に「あの症状」が発症しても人を襲うことはない――両親は、そんなことを考えていたのだろうか。
だが、結果としてその配慮は無駄に終わった。
僕は、とうとう自らの手で、人を殺してしまったのだから――
「そんなに悲観しないでください。私にしてみれば、ありがたいことだったんですから」
少女は、相変わらず穏やかに笑ったまま、僕の肩をポンポンと叩いた。
「それにしても、見事な手際でした。まさか私も、いきなり手刀で胴体を貫ぬかれるとは思ってもみませんでしたから――常人の腕ではありませんね。武術か何かを嗜んでらっしゃるのですか?」
「……」
そんな殺し方をしたのか、僕は。
以前発症した時もそうだが、気を失っている僕の力は異状だ。
僕自身、武術も特別なトレーニングも、何もしていない。
それに――いくら武術を嗜んでいようと、人間の手刀が人体を貫くことなどあり得ない。
僕の無言をどう解釈したのか分からないが、燈火は「そういえば」と切り出した。
「そういえば、私たちはお互いのことを何も知りませんね。とりあえず、自己紹介から始めましょうか」
殺し殺され、の関係になってから自己紹介か。笑えない。
「私は
「……僕は、「僕」だ」
「はぁ」
「呼び方なんて、なんでもいいよ。好きに呼んでくれ」
僕は、自分の名前が好きじゃない。それが両親の考えたものだという事実に、強い拒否感を覚えてしまう。だから、どうしても必要でない限り、自分の名前なんて思い出したくない。
「じゃあ――そうですね。渾名か何かが決まるまで、暫定的に「あなた」と呼ぶことにしましょう。いいですか?」
夫婦みたいだと思ったが、それを口にはしなかった。
「好きにしてくれ」というと、燈火は満足そうに呟いた。
「はい! では、次に質問の時間に入りましょう。あなたは何か、私に聞きたいこと、知りたいことはありますか? あ、スリーサイズでも聞いておきますか? それでは上から順に、」
「言わんでいい。それよりも――」
僕は、ずっと疑問に思っていることを燈火にぶつけた。
「燈火は死んでるんだよな? だったらどうしてここにいるんだ?」
考えてみれば、おかしい話なのだ。
燈火は僕に殺されたという。
だったら――どうして彼女は今、ここにいるのだ?
まさか――幽霊だとでも言うつもりか?
「あぁ、そのことですか……その話をすると、かなり長くなるのですが」
「言ってくれ。大事な事だろ」
そう、大事なことだ。
もし燈火が本当に僕に殺されたのなら、今ここにいる燈火は幽霊。
しかし、もし燈火が嘘を吐いていたとすれば――今ここにいる燈火は、実体。
つまり自動的に、僕が殺したという事実も嘘になる、ということだ。
その点は――譲れない。
どんなに長い話になろうとも、聞かなければ納得できない。
「そうですか。――言われてみればその通りですね。私が何者なのか説明しないことには、自己紹介とは言えませんよね。まぁ、それほど大したことでもありませんけどね」
少し間を置いてから、彼女は言った。
「実は私、吸血鬼の末裔なんです」
よっぽど大したことだった。
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