日曜 A.M.11:30

 体を揺さぶられる感覚がする。

 眠ってたらしいと認識するが、そのまま心地よいまどろみに身を任せる。

 あと、もう少し。

「提言します、起きてください」

 なにやら女性の声がする。

 女性?

 そもそも俺は一人暮らしのはずだ。

 じゃあ、誰が俺を揺さぶっているんだ?

 そこまで考えて慌てて目を覚ます。

「ミサは?」

「当然、もう終わりましたよ」

 どうやら始まったことすら気づかないままに終わっていたらしい。

 せっかく柄に合わないことをしたというのに台無しだ。

 もう捜索対象も帰っているに違いない。

 捜索をあきらめて、俺を起こした女性に向き直る。

「……毎週やってるのか?」

 あまり宗教には詳しくないが、ミサというのは定例行事のものだったはずだ。今日を逃しても来週にもチャンスがある。

 そう目算していたが、一向に返事が返ってこない。

 代わりに帰ってきたのはあきれるような声だった。

「疑問ですが、あなたは何をしに来たのですか?」

「うん? うん、そりゃあれだよ。礼拝? そんな奴」

「確信しました。あなたは愚かですね」

 確信されてしまった。

 確かに信心を持つ人間の言動ではなかっただろう。自覚はあったが、まさか正面から言い切られるとは思わなかった。

 とりあえずごり押しで通してみる。

「はは、ありがたいお説教なら毛穴からも入るだろうから大丈夫さ」

「不信ですね。少なくとも教会に初めて来る人間の態度には見えません」

 ダメだった。さすがに怪しすぎたか。

 さて、どうしたものか。

 ここで出禁にでもなったら面倒だ。

 どうにかして、だまくらかす必要がある。

「……撤回します。あなたの目的がなんであれ、教会は門戸を開いているのですから」

 そういう彼女の目からは疑念が拭えていなかったが、ともかく恐れていた事態は避けられたらしい。

 彼女が急に態度を変えた理由は分からないが、調子に乗った俺は問いを重ねた。

「それはあんたらの言う“主”ってやつの主張かい? アンドロイドがよく神を信じられるよな。俺には分からねぇよ。だって人間の神だ。あんたらの神じゃない。そうだろ?」

 それは俺がミサのまっとうな参加者じゃないという告白に近しい。だが、どうしても聞かずにいられなかった。

「疑問を返しますが、人はなぜ信仰を捨てないのでしょう。科学は十分に発展しました。未知は既知に変わり、神秘はことごとくが暴かれました。奇跡をもって世界を創造した神を、無邪気に信じられるほど人は愚かではないはずです」

「さぁね。親の教育のたまものってやつじゃないか? 最初からそうだったなら、今更疑問を持つことなんてないだろう」

 今まで考えたこともない質問に投げやりに答える。

 物心ついたころから一人で生きていた俺には、神なんかを信じる奴の気持ちが知れなかった。

「否定します。人は、きっとより上位の存在を希求しているのです」

「上位の存在だ? それでそいつは何をしてくれるんだ? 拝めば願いをかなえてくれるっていうのかよ。それともあれか、人はみんな支配されたがっているとか言い出すつもりか?」

「短絡ですね。せっかくの脳みそも使わなければ腐りますよ」

 聞くに堪えない罵倒だ。ほんとにこのアンドロイドは何で存在しているのだろうか。人間は奴らの“ゴジュジンサマ”ではないのだろうか。

「私見を述べますが、人は見ていてほしいのではないでしょうか」

「おいおい俺に露出趣味はないぞ? ってか、その論なら教会関係者みんな露出狂かよ。攻めてんな」

「短絡だと何度言わせるのでしょうか。少しは人の話を……」

 扉が閉まる音で声がさえぎられる。

 音の源は礼拝堂の端。

 告解室……と呼ぶのだったか、片方の戸が開け放たれ、中からすっきりした顔をした男が出てくる。

 間違いない、探している男だ。

「っと、悪いもう時間だから行くわ。あんたの話はまた今度な」

 言って話を強引に切り上げる。

 今日は空振りだと思ってたからラッキーだ。

 立ち去る俺の目には、すでに彼女の姿が写っていなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

アンドロイドは電子の神を信仰するか 糸尾敦也 @110atuya

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ