第15話

 それから数日間。学校では、タカにヴァースに戻るように説得された。始めはビースト・オブ・ザ・ゴッドの話をするのもいやだったのだが、だんだんとその気持ちもうすれていった。数日立つと、ただ意地になっているだけの自分に気付いた。

 タカは僕がゲームを止めた後も、アヤの話を聞いたらしい。アヤは僕らが進化して、自分が進化していないことに対してい目を感じていた。進化しない自分はチームには必要ない存在だ、と脱退だったいさせられてしまうのではという危機感ききかんを持っていたようだ。そして、男の誘いに乗ってアイテムを受け取ってしまったらしい。

 僕を怒らせたことに対して、ひどく落ち込んでいたそうだ。アヤには悪いことをした。今では、なぜ自分があそこまで、感情が高ぶったのかさえわからない。

 それにチーム加入の条件は、特にない。ドラゴン以外でないといけないと決めたわけではないのだ。始めは、チームにドラゴンがいないからということもあった。しかし、いつの日か独眼龍どくがんりゅうと戦いたいという思いから、ドラゴンバスターというチーム名にしたはずだ。

あやまらなくちゃな」

「そうだな。俺は昨日もアヤと話したけど、まだ落ち込んでたぞ。それに、あの男にアイテムを返すつもりらしい」

「アイテムを返す?そういえばあのアイテムってなんなの?」

「マリオネットとついの灰色ダイヤか」

 タカはニヤッと笑みを浮かべた。

「説明してやるよ」

 今日は晴天せいてんだ。風が体に心地いい。僕らは体育の授業中だった。内容はマラソンだが、散歩さんぽと変わらなかった。学校の周りを回るだけだ。

「マリオネットは最近追加されたアイテムなんだけど、使うと一人で複数の神獣しんじゅうを操れるようになるんだ」

「複数の神獣?」

「そう、神獣はマリオネットが普通の人間に見えるから、そういう芸当げいとうが可能らしい」

「なるほど。……ちょっと待って!最近追加された?」

「あのね、ビースト・オブ・ザ・ゴッドはオンラインゲームでしょ。毎週のように新しいアイテムや神獣が追加されてるんだよ。知らなかったの?」

 まったく知らなかった。やはり、僕もゲーム雑誌を読まなくてはいけない。まずは、ちゃんと説明書を読むべきだろうが。

「知らなかった。そうだったんだね」

「今週は、上半身が人間で、下半身が魚の東海神とうかいじんっていう神獣が追加になったんだよ」

「下半身が魚って、山羊座みたいだね。それって強いの?」

「さあね。そのうち出会うんじゃないか?四つの方角神ほうがくしんシリーズの第一弾らしいけど」

「じゃあ、他にも出てくるってことだね」

「たぶん、そのうちね。さて、話を戻すぞ。対の灰色ダイヤも追加されたばっかりのアイテムだ。対の灰色ダイヤは神獣を合体することができる」

「うんうん、アヤはそれでユニコーンとドラゴンを合体させたんだもんね」

「そうだ。合体には反属性はんぞくせい同士は不可能っていう条件があるんだけど、両方とも無属性だから問題なかったんだな。ドラゴンは合体広場で捕まえることができるけど……」

「合体広場なんてあった?」

 タカがうなずく。

「サードって街の先にね。合体広場には、はぐれ神獣がいるんだ。そこには、ゲームをやめちゃった人の神獣もいるらしい。そこで、マリオネットを使うと複数の神獣をあつえるようになるってわけ。ここまではいいか?」

 今度は、僕がうなずく。

「ここからが問題なんだ。マリオネットも対の灰色ダイヤも、最近追加されたばっかりのアイテムだ。当然、数が少ないから貴重きちょうなんだよ。それを二つも持っていて、人にあげるなんて……」

「おかしい?」

「かなり胡散臭うさんくさい。キョウがゲームをやめてる間に、調べてみたんだけどさ。街で売っている金額は、二つともヴァース通貨で百万以上だった」

「百万?」

 僕は目を丸くした。その声に、少し前を歩いていたクラスメイトが、怪訝けげんな顔をして振り返った。

 僕が所有しょゆうしているヴァース通貨は、五万がいいところだ。どうやったら、それほどの額を貯められるのだろう。

「おかしいだろ?ひょっとしたら、その男はRMTリアルマネートレードでもやってるのかもしれない」

「なに、それ?また、知らない単語が出てきたよ」

「現金で、ゲームの通貨とかアイテムを買うことだよ」

「どこで買えるの?」

「インターネットオークションが多いかな。見たことあるけど、一万円で十万ヴァースドルが相場みたい。それとゲーム内で話し掛けられて、売って欲しいって言われたりすることもあるらしい」

「マジかよ、すっごいな」

 僕も現金で、ヴァースドルを買ってみようかな――よく考えたら、今月の小遣こづかいも残り少ない。一万円にはとても届かなかった。

 僕がため息を吐いたのを見て、タカはその理由を悟ったかのように言った。

「言っとくけど、ビースト・オブ・ザ・ゴッドでリアルマネートレードは違法だぞ」

「そうなの?……じゃあ、その男は違法行為をしてる可能性があるってこと?」

「そうだ。公式に認められているゲームもあるけど、ビースト・オブ・ザ・ゴッドに関しては違法なんだよ。金持ちが一人で強力なアイテムを買い占めてたら、ゲームバランスがおかしくなるでしょ」

 確かにそうだった。それに現金でアイテムを買っても、ゲームがつまらなくなるだけのような気がする。

「アヤはマリオネットと対の灰色ダイヤを、その男に返すつもりなんだよね?でも、進化したのは戻せないでしょ。ひょっとして百万ヴァースドル貯めて、買うつもりじゃないよね?」

「……たぶん、そうだろうな。何年後になるかわからないけど」

 僕たちの間に、沈黙ちんもくおとずれた。僕は、アヤになんてことを言ってしまったんだろう。

「僕、アヤの資金集めに協力するよ」

「そっか。じゃあ、俺も協力するよ」

 そう言って、タカは手を差し出した。僕もそれに答える。

 マラソンの途中に、握手している二人。周りから見たら気持ち悪いかもしれない。しかし、僕の中には熱いものが込み上げていた。やはり、持つべきものは親友だ。

「かと言って、どうやったら効率こうりつよく貯まるかな?」

 僕らはマラソン――というか、散歩――を再開した。

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