第30話 その後のこと
気づけば遠くでやっていたはずのパレードは終わりを迎えていた。
俺たちは特に何かを話すでもなく、出口に向かって歩いていた。なんとなく隣に並ぶのはためらわれたので、俺が半歩だけ先を歩きながら薄暗い道を進む。
「……あの、先輩」
「ん、何だ?」
小さな声で呼びかけられ振り向くと、卯崎は何故か顔を少し逸らした。
「……あの、あんまり顔見ないでください」
「お、おう……すまん」
顔を逸らしたまま言われて反射的に謝ってしまう。
卯崎の表情は隠れてよく分からなかったが、その耳はわずかに赤く染まっていた。
俺が視線を卯崎から外すと、卯崎は静かな声で話の続きを口にした。
「……私は今も、やっぱり自分がどうすべきなのか分かりません。今までのやり方が間違っていたとも思えません」
「……そうか」
「でも、今までのやり方じゃ分からない事もあるんだって、そうも思ったんです。だから、その……」
そこまで言った卯崎が立ち止まる気配を感じて俺も足を止め、振り返らないままその言葉の続きを待った。
「……その、先輩の事、頼っても良いですか」
意を決したように放たれた言葉はどこか不安げな響きを持っていた。それは恐らく、これが今までの彼女のやり方ではなかったからだ。
緊張した雰囲気を背後に感じて、俺は出来るだけ柔らかな口調で答える。
「もちろんだ。頼ってくれって言ったのは俺だしな」
「……ありがとうございます」
ほっと安堵した声を漏らす卯崎。その声音が気になって思わず振り返ると、そこには今まで見たことのない、穏やかな笑みを浮かべた卯崎がいた。
しかしその卯崎が俺の視線に気づくと、再びふいと顔を背けた。
「顔見ないでくださいって言ったじゃないですか」
「悪い悪い。悪気があったわけじゃないんだ」
「……本当ですか?」
「ほんとほんと」
少しすねたように言う卯崎に苦笑気味に答える。色々はき出して吹っ切れたのか、表情も口調も今までからは考えられないくらい豊かになっている。むしろ変わりすぎてこっちが心配になってくるレベル。
そんなやりとりをしていると、俺の視線の向こうから見知った顔がこちらにやってくるのが見えた。
「あれは……奥沢先輩?」
パレードが終わったばかりのこの時間帯は帰り道へ向かう人が多く、当然道は人でごった返していたのだが、見覚えのあるショートカットと何より彼女からあふれ出さんばかりの負のオーラのおかげで、遠くからでもはっきりと奥沢先輩だと確認できた。周りの人が避けて通ってるから凄い目立ってるんだよね。
そんな彼女の様子と一人で歩いている事に容易に今の奥沢先輩の状況が想像出来てしまい、俺は思わず奥沢先輩の方へと足を向けていた。後ろからてくてくと卯崎がついてくる。
「奥沢先輩! ……奥沢先輩?」
一度呼びかけても反応がなく、もう一度呼びかけ同時に先輩の目の前でひらひらと手を振ってみる。……反応がない、ただの屍のようだ。
なんて冗談を言っている場合ではないので軽く肩を揺すってみると、先輩は俯いていた顔をゆっくりと上げ、ようやく俺の顔を見てくれた。
「……あ、古木君だ。おはよー」
「しっかりしてください奥沢先輩。今は夜です」
「……先輩、奥沢先輩の目が虚ろなんですけど」
卯崎が見てはいけないものを見てしまったかのような表情で言うと、奥沢先輩が次第にその目をうるうると潤ませ始めた。
「うっ……ううう……ううううう」
「ちょ、先輩マジで大丈夫ですか」
「うう……大丈夫……じゃない……」
「分かりました。話は聞くんで、取りあえず人の邪魔にならないところに移動しましょう」
今にも泣きそうな奥沢先輩を宥めつつ、俺たちは道の端へと移動した。
「それで先輩、何があったか大体想像出来ますけど、一応先輩の口から聞いても大丈夫ですか。あ、話したくなかったら無理に話さなくても良いんで」
「……ううん、大丈夫。話すよ」
たどたどしく話し始めた奥沢先輩の話を要約するとこうだ。
俺にパレードに行くという連絡をした後、予定通り奥沢先輩は宮本先輩と二人でパレードを鑑賞していた。奥沢先輩としては最初はそれだけで終わりにするつもりだったらしいのだが、パレードの雰囲気にあてられたり、ちらりとのぞき見た宮本先輩の横顔に心臓が高鳴ってしまったり、観覧車で手をつなげたという事実があったりと、まあそう言う様々な要因が重なった結果、抑えが効かなくなってしまい、思わず自分の気持ちを告白してしまったのだそうだ。
当然というかなんというか、他に好きな人がいる宮本先輩相手にその告白が成功する事はなく、フラれてしまった奥沢先輩は宮本先輩を置いて逃げ出すようにその場を後にしたのだと言う。
「あんな自信満々に大丈夫って言ったくせに結果がこのざまじゃあしょうがないよね……」
そう言った奥沢先輩は涙を流す事は無く、代わりに力の無い笑みを口元に浮かべていた。
結局、俺は失敗したという事なのだろう。俺の方こそ自信過剰に手伝ってやるなんて言っておきながらこれじゃあ目も当てられない。
間接的だったにせよ、俺は一人の恋を木っ端微塵に終わらせてしまったのだから。
だが今はそんな風に自嘲している場合ではない。せめて俺に出来る事は、傷心の彼女を精一杯フォローしてあげることくらいなのだ。
「……あの、先輩。その――」
「慰めならいらないよ、古木君」
言葉を探すように話そうとした俺にかぶせるようにきっぱりと言い放った奥沢先輩。そのはっきりとした物言いに思わず奥沢先輩の顔を覗き込むようにして伺うと、先ほどの力の無い笑みとは違う、決意に満ちた瞳があった。
「私はまだ、諦めるつもりないから」
「あ……」
その決然とした表情に、強い意志の籠もった言葉に、思わずと言ったように声を漏らしたのは俺ではなく、俺の後ろにいた卯崎だった。
「ほら、古木君も言ってたでしょ? 『恋が実るまで何回でも砕けたら良い』って。……まあさすがに、フラれた直後はこのまま穴に埋まって死んでやろうかと思ったけど。色々包み隠さず口に出してむしろすっきり出来たし」
「……先輩が生きててくれて俺はとても嬉しいです」
奥沢先輩はもう、前を向いているのだ。一度終わってしまったものを、そこで終わりにせずにまた始めようとしているのだ。フォローしてあげないと、なんて考えてた自分を殴りたくなってくる。たきつけた本人が一番奥沢先輩の事を信じ切れていなかったと言うわけだ。
「と言うわけだからさ、こんなこというのは図々しいにも程があるのは十分に分かってるんだけど……これからも、その、私の手伝い、してくれるかな?」
「勿論です。というかこっちから頭を下げてお願いしたいくらいですよ」
卯崎のためでも俺自身のためでもない。今度は純粋にこの人のためになりたいと、心からそう思った。
俺の言葉に、奥沢先輩は柔らかく微笑んだ。
同時に、後ろから息を呑む気配がしたかと思うと、一瞬躊躇する素振りをみせながらも卯崎が俺の前、奥沢先輩の正面に立った。
「奥沢先輩」
「えと……卯崎ちゃん?」
何かの覚悟を決めたかのようなその声音に、奥沢先輩がむしろ少したじろいだように言葉を返す。
卯崎はまっすぐ奥沢先輩を見つめていたかと思うと、おもむろにその視線を体ごと下に向けた。
「ごめんなさい」
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