第7話 ピュアで奥手なギャル少女

 そんな感じで少し落ち着いた空気になり、後藤も出された紅茶に手を伸ばしたところで、卯崎が話を切り出した。


「では後藤さん。相談内容についてなんですが、もう一度説明お願いできますか? 先輩も把握しておかなくてはいけないので」


「うん、そうだね。……その、私、好きな人がいて。で、その人に告白したいんだけど、どういう風にしたら良いのかが分からなくて。だからそれを一緒に考えて欲しくて」


 恥ずかしそうにほほを染め、うつむきがちにそう言った後藤。


「今まで誰かに告白したこととかないのか?」


「……うん」


 へえ、少し意外だ。ギャルっぽい格好だからそういうのは慣れてると思ったんだが。人は見た目で判断してはいけないな。


「で、肝心のお相手は?」


「荒井浩太。紫陽高校一年三組。五月六日生まれの牡牛座。十六歳。部活は未所属。趣味はアニメ鑑賞。校内に友人と呼べる存在はほとんどおらず、休み時間などは一人で読書などをして過ごしている。現在好きな人はいない」


 俺の質問に答えたのは後藤ではなく卯崎だった。そうだよね、あなた全校生徒のこと知ってるんだったね。

 ところで、今の卯崎のその情報を聞いて不思議に思ったことがある。


「持ってたらで良いんだが、その荒井とやらが写っている写真かなんか持ってないか」


「ありますよ。はい、先輩」


 卯崎が差し出したのは生徒手帳なんかに貼ってある身分証明の写真。なぜ持っているのかは聞かない。もう疑問にも思わない。


「見るからにぼっちのオタクって感じだな」


 写真に写っている荒井は前髪が目にかかっていて顔がよく見えず、弱気そうに縮こまった印象を受ける。クラスの中心にいるタイプではないのは明らかだ。


「こう言ってはなんだが、後藤と接点があるようには見えないな。本当にこいつであってるのか?」


「そ、そう、だけど……」


 まじか。俺が提唱したモテ要素三原則のどれにも当てはまっていないのに……。何事にも例外はあるってことか。


 まあそんなことはどうでも良い。それよりも後藤と荒井。全くタイプが違う二人だが、何か交流があったりするのだろうか。


「……後藤。お前さ、この荒井と二人で、ああいや。二人じゃなくてもいい。とにかく荒井とどこかに出かけたりしたことは?」


「……ない」


「話したことは?」


「い、一回だけ……」


「……で、何をしたいって?」


「こ、告白を……」


「無理だ。諦めろ」


「ええっ!?」


 いや、ええっ!? じゃないよ。ほとんど接点がないのに告白が成功するわけないだろ。恋愛経験ないにしても甘く考えすぎだ。


「……なあ卯崎。こいつに相談を持ちかけられたとき、何をしようとした?」


「何って……一番成功率の高いと思われる告白方法の模索を」


「……はあ」


 思わずため息が漏れてしまう。そもそも告白以前の問題だというのに。


「ちなみに今まで考えた方法としては、放課後の教室で告白、二人での帰り道での告白、ラブレターで呼び出しての告白、などです。あ、そういえば先輩。私、ラブレターがどういうものなのか試してみたくて先輩の下駄箱にラブレターを入れてみたんですけど、どうでした?」


「ってあれお前だったのかよ。思わぬところで真実が発覚してちょっとびっくりしてるよ」


 ほんと、不意に飛び込んできた事実過ぎて言葉に感情が伴ってないよ。


「てかラブレターだったら自分の名前くらい書いておこうね? 真剣にいじめの可能性が脳裏にちらついたからね?」


「それは失礼しました」


 ぺこりと頭を下げる卯崎。うーん、相変わらずの微笑で申し訳なさが伝わってこないんだよなあ……。


「ええっと……」


 と、そのやりとりを律儀に黙って見ていたらしい後藤が遠慮がちに声を上げた。そしてなぜか卯崎に声が聞こえないように俺の近くまで来るとこう言った。


「古木先輩だっけ? ずいぶん卯崎さんと仲が良いんだね?」


「いや、別に仲はよくないだろ」


「でも、卯崎さんってあんな風に冗談? みたいな感じでラブレター入れるとかしないよ?」


「……まあ、そうかもな」


 卯崎が俺の秘密を握っているのと同じように、俺も彼女の秘密をある程度は知っている。だから端から見たら気安い関係に見えるのかも知れない。


「うん。なんか卯崎さんって普段皆と距離がある感じだし。浮いてるって訳じゃないんだけど」


「そうなのか」


 卯崎桜は有名人、ということしか知らなかった俺にとって、それは少し意外だった。


「っていうか、お前卯崎のことよく知ってるな」


「まあ、卯崎さんとは一応同じクラスだし? ちょっとは気にかけてるって感じ」


「ギャルのくせに良い奴だな。もしかしてそのメイクは高校デビューか?」


「は、はあ!? 違うし! 何言ってんの!?」


 俺の言葉を顔色を変えて否定する後藤。あ、高校デビューだったんですね。

 そんなやりとりをしていると、パンパンと手を叩く音がした。続いて卯崎の声が聞こえる。


「二人だけのやりとりは良いですから、相談に戻りますよ」


「ああ、そうだな」


 卯崎に促されて後藤はもといた場所へと戻る。そして再びソファに座ったところで、卯崎が話を切り出す。


「では、前回と同様、告白場所を決める、という方針から話を進めたいのですが」


「ちょっと待った」


 俺が卯崎の言葉を遮ると、卯崎と後藤が同時にこちらを向く。な、なんかそうやって注目されると緊張するんですが。


「……さっきも言ったと思うが、今の後藤と荒井の関係性で告白しても無理だ。百パー失敗する」


「どうしてですか?」


 卯崎が本気で分からないといった感じで聞いてくる。見ると後藤もそう思っているようで、うんうんとうなずいている。


「理由は一つ。親密度が圧倒的に足りていない」


「親密度?」


「ああ。二人にはほとんど親密度……言い方なんて何でも良いんだが、まあつまり接点がないらしいな。大して仲良くもない、話したことすらほとんどない、クラスでの立ち位置も正反対。おまけに写真を見た限り性格も多分真逆だ。そんな奴に急に告白されたら、荒井……ぼっちのオタクって属性のやつはどう思う?」


「どう思うんですか?」


 俺はわざと一呼吸おいて、もったいぶってからこう答えた。


「――ああ、これはきっと罰ゲーム告白ってやつだな」


「……いやいや、さすがにそこまでは思わないでしょ」


 笑いながら俺の言葉を否定する後藤。まあ後藤のようなタイプの人間には分からない気持ちだろうさ。


「確かにこれが普通の思春期男子なら何も考えずに告白を受けるだろうな。でも荒井みたいなタイプの奴は違う。ああいうタイプの奴は人間関係、特に恋愛に関しては敏感なんだよ。何でもすぐに疑いから入る。自分がだまされているんじゃないか、ってな。言い換えると自分に自信がないってことだ」


 俺なんかを好きになってくれる奴なんかいない。きっと俺をだまそうとしているに違いない。そういう防衛本能が働いてしまうのだ。

 別にそれがダメだと言っているわけじゃない。むしろ俺個人としてはそういうスタンスでいることは良いとすら思っている。だがこと恋愛に関しては別だというだけで。


「だから後藤。お前がすべきなのは告白の方法を考えることじゃない。まずは荒井と仲良くなることから始めてみろ。私はあなたに害を与える存在じゃないとアピールするんだ。そうやって相手の心に入り込め」


「でも、どうやって仲良くすれば良いのかよく分からないし……」


「……そうだな。確か、荒井はアニメが好きなんだったよな? なら、そこから話を広げてみればいい。オタクは共通の趣味を持つ相手に対しては寛容だ」


 俺がそう言うと、後藤はしばらく考え込むような態度をとった後、「……うん」と小さく呟いた。どうやら納得してくれたようだ。


「……分かった。古木先輩の言う通り、友達になることから初めてみるよ」


 後藤がそう結論づけると、卯崎が区切りをつけるように言葉を発する。


「……そうですか。では、これで今回の相談は解決、ということで良いですか?」


「うん。卯崎さん、古木先輩、ありがと」


 後藤はそう言うと、飲みかけだった紅茶を飲み干し、軽い足取りで旧写真部を後にした。

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