第5話 幼馴染=サブヒロインじゃないから!

 その日の夜。風呂から上がり、ソファーでよく分からないドラマをぼんやり見ながらだらだらと無為な時間を過ごしていた時。ピロン、と俺のスマホから聞き慣れない音がした。


「……これメールの着信音か」


 普段メールなんて使ってないからなにが起きたのかと一瞬身構えてしまった。最近はメールなんてラインとかその辺の無料メールアプリ系に居場所奪われてるからな。もうとっくに廃れてしまったんだと思っていた。


 スマホを開いてメールの確認をする。ふむふむ、迷惑メールフォルダに一件。


「って迷惑メール?」


 俺のスマホの設定的に登録されていないアドレスからメールが送られてきたらブロックでは無くそのまま迷惑メールフォルダというところに転送されるらしい。今知った。

 ……と、そこまで来てようやく合点がいった。このメールは卯崎からだ。


 そのメールには主題が無く、単に本文があるのみだった。


『もう登録してくれていると思いますが、卯崎桜です。明日は放課後に特別棟の一階にある旧写真部に来てください。早速今請け負っている相談のお手伝いをお願いします』


「……やっぱ卯崎からか。登録するのすっかり忘れてた……」


 取りあえず連絡先に卯崎のアドレスを登録しておく。……ていうかアドレス登録して無くてもメールの受け取りは出来るんだったらあの紙切れ必要なかったんじゃ? まあさすがの卯崎もそこまでは分からんか。


「返信しといた方が良いやつだよな、これ」


  ひとまずは返信をしておこうとメールの作成画面を開き、適当に文を打ったまではいいが、いざ送信というところで謎の緊張と不安に襲われた。本当にこの文で良いのか、この長さは相手に引かれないか、などいかにも思春期の男子高校生なことを考える。一度出来上がった文章を読み直し削除と書き足しを繰り返す。

  え、なに、女の子とメールのやりとりするのってこんな緊張するの? ラインのときは気楽に出来るのに、メールとはいと恐ろしきかな。あるいは相手が卯崎桜だからか。それはあり得るかも。


「……ええいままよ!」


  勢いで送信ボタンを押す。そして無事送信が完了するのと同時にふっと力が抜けた。


『了解』


  その二文字を返信するためだけに力を使い果たした俺は女子とのメールとは如何なる兵器よりも恐ろしいものであることを知った。そして、明日卯崎に会ったときに必ずラインのIDを聞こうと固く決心するのであった。


 ***


 次の日の朝。いつも通りに家を出た俺はあくびをかみ殺しながら駅までの道を歩いていた。


「眠い……世界から朝という概念だけ消失してくれないだろうか」


 朝という概念の無い素晴らしい世界……切実に欲しい。そんなことを考えながら何の気なしに制服のポケットに手を突っ込むとカサと何かに触れた。


「……ん? ってああ、これか……」


 取り出したものはピンク色の可愛らしい封筒。昨日いろいろあったからすっかり忘れてた……。これについても考えなきゃいけないのか。めんどくさいからもう忘れてしまいたいんだが。


「おはよー新! ……って何持ってるの?」


 後ろから元気に俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。ああ、もう桃と会うところまで来てたのか。


「おはよう桃。あ、これはな、何というか……危険物、的な?」


「へ、危険物?」


  そう言いながら俺の手元を覗き込む桃。俺はその手を一瞬背中に隠すのが遅れ、運悪くピンクの封筒を見られてしまう。


「こ、これって、もしかして、ら、ららら、ラブレター!? 新にラブレター!?」


「いや、違うから。そう見えるだけだけで中身は全然違うものだから」


 やけに動揺した声の桃に俺は冷静に返す。ほんとに違うからね。昨日神月さんにはっきり断言されてるからね。ただ手紙の内容は一見告白っぽいから出来れば見られたくないなーって思うだけで。


「むー、怪しい……ちょっと見せて!」


「え、いやそれはやめた方が良いぞ。精神衛生上的によろしくないものだから……っておい聞けよ」


 桃は俺の制止を聞かずに俺の手から封筒をひったくると中身を取り出した。

 そして手紙の内容に目を通すと、ピシリ、と固まった。


「え、ずっと見てましたって……お話ししたいことって……や、やっぱりラブレターじゃん!」


「いや待て落ち着け。取りあえず深呼吸しろ……よし、そしたら俺の目を見てよーく聞け。まず、この文面は告白の文面ではありません。オーケー?」


「はい、ダウト! 嘘、嘘だよ! どこからどう見たって告白しようとしてるじゃん!」


「いや、これは告白に見せかけた巧妙な罠なんだ」


「……どういうこと?」


 よし、ようやく桃がこっちの話を聞く気になってくれた。これで後はこっちのもんだ。桃が耳を傾けてさえしてくれれば、彼女を丸め込むのはどうってこと無い。


「いいか、よく見ろ。この手紙には差出人が書いていない。俺に告白するんだったら自分の名前を書いとかなきゃいけないだろ?」


「そ、それは確かにそうかもだけど……でも、書き忘れってこともあるかもしれないし!」


 ちっ、そう簡単には納得してくれないか……。


「……もう一つ、確実な根拠がある。それは……」


「それは?」


「……俺にラブレターなんかをもらう甲斐性なんか無い」


「……あー、うーん。確かに」


「それで納得されるのもそれはそれで悲しいんですが」


 自分で言ってて泣きたくなった。だけどこれが一番説得力があるのは確かだ。


 突然だが、男子高校生にはモテ要素三原則というものがある。

 一、容姿が優れている奴。

 二、明るく、コミュ力があり、クラスの中心となっている奴。

 三、スポーツがある程度以上できる運動神経抜群の奴。


 このうちどれかに当てはまっていればそれだけでモテ要素あり。そしてこのどれにも当てはまっていない俺は、天変地異でも起らない限り女子からラブレターをもらうなんてことはあり得ないのだ。なんという説得力。


「ま、でもそういうことだ。俺はこれは誰かが俺を嵌めようとしているドッキリかなんかだと思っている。最有力候補は小……じゃねえ大西あたりか」


 でも昨日のあいつの様子からはそんな素振りは見られなかったんだよなあ。はてさて、一体誰のいたずらなのか。


「そ、そっか……」


 桃は一応納得してくれたようで、そう呟いた。しかし、すぐに「でも」と言って言葉を続けてきた。


「もし、その手紙が本当にラブレターだったとしたら、新はどうするの?」


 どこか不安そうにも見える表情の桃に対し、俺は軽く考えてからこう返した。


「……どうだろ。多分、告白には答えないんじゃ無いかなあ」


「……そっかあ」


「あの、桃さん? なんでそんなに嬉しそうなんですかね」


「え!? べ、別に嬉しそうなんかじゃないよ! ただ新には彼女とか出来なさそうだなーって思っただけで!」


 なかなかひどいこと言うなこいつ。


 俺だって男子高校生。彼女を作って青春を謳歌したいとは思っている。だが、いざ俺が誰かと付き合って仲睦まじく肩を寄せ合っている図を想像しようとしてみても、どうにもはっきり見えてこないのだ。現実味が無いというか。……今思ったんだけどこんな調子で俺、他人の恋愛相談とか出来るのか? 少し練習でもしておいた方が良いか。


 少し不安になった俺は試しに桃を相手に恋愛相談に乗る練習をすることにした。実際に卯崎とやるときに使い物になりませんでした、とかだったらいろいろ不安だからね。主に俺の個人情報とか。


「ところで、桃氏」


「な、何? 急に変な呼び方して」


「おまえ、なんか俺に相談したいこととか無い? 恋愛方面で」


「れっ……!? な、なな何もないよ!?」


「いやその反応は絶対何かあるだろ」


「ほんと! ほんとに何も無いから!」


「確か昨日彼氏はいないって言ってたよな……。じゃあ何だ。告白したいけど出来ない、みたいなやつか」


「話を聞けー!」


 桃が顔を真っ赤にしながら叫ぶ。なんかさっきと状況が真逆になったな。その台詞、つい五分前くらいに俺も同じようなこと言ったよ?


「まああれだ。おまえ、顔は良いんだから普通に呼び出して普通に気持ちを伝えればうまくいくと思うぞ」


「え、ほんと!? ……って何も無いんだってばー!」


 朝の静かな住宅街に桃の叫び声が響いた。ご近所迷惑だからやめような。

 そんな風に桃と話をしながら、学校までの道のりを行った。


 ……ちなみに。今日は俺の下駄箱には何も入っていなかった。俺は少しだけ胸をなで下ろした。

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