第四部「金色のサル、襲来」

「ちょっとももちゃん! そんなに翔ちゃんにくっついていると翔ちゃんが歩きにくいでしょう!? もう少し離れないとダメ!」

「ミドちゃんだって、隙あらば翔平しょうへいくんに頬ずりしたらだめだよ! 間違ってクチバシが当たったら痛いでしょ?」

「いいんです~。私は翔ちゃんの第一のお姉ちゃんなんだから、頬ずりが許されるんです~。クチバシだって今は人型だからそう簡単に当たりません~」


 旅をしながら言い争いを続けるキジのみどりとイヌの桃果とうか

 どうしてこうなった。翔平は突然できた二人の姉に辟易しながら旅を続けていた。なぜ、普通の家来ができない……。いつの間にかモモも人型になってくっついてくるし……。これで鬼なんか倒せるのかな?


「ミドちゃん、第一のお姉ちゃんとか言っているけど、それは大きな間違いだって気づかないのかな?」

「どういうこと?」


 桃果は別に姉でいたいわけではないが、姉という設定は翔平にくっつくのに都合が良いということと、自分が翠より姉らしければ、翠を打ち負かせると考え、あえて挑発的にそう言った。


「翔平くん、もとい桃太郎さんは桃から生まれたんだよ? しかも、そのブランドの名前は桜井農園の『桃果』! わたしの名前と同じなんだよ!」

「それが一体何だって言うの? ただ同じ名前の桃から生まれたってだけじゃない!」

「甘いね! 桃の果汁以上に甘いよ、ミドちゃん! 何を隠そう、わたしの元飼い主はブランド『桃果』の生みの親なのよ!」

「そ、それが?」

「まだ分からないの? つまり、わたしの飼い主、つまり親が作り上げた桃から生まれた子供が翔平くんということは、親が翔平くんを生んだのと同義! ここまで言えば、もう分かるよね?」

「ま、まさか……!」

「そう、そのまさかだよ!」


 桃果は翠にニヤリと笑い、大きく宣言した。


「つまり、わたしと翔平くんは必然的に姉弟ということだよ!」

「まさか、義理の姉弟ですって……!!」


 何じゃそりゃ。屁理屈にも程がありすぎでしょ……。その理屈だと、親が作った桃から生まれたんだから、俺の親は桃ってことになるんじゃ……。桃太郎は冷静に論理的思考を行い指摘しようとする。が、やめた。めんどくさい。

 桃太郎はこれ以上の修羅場はゴメンなようだ。出生のことなど話さなければ良かったと後悔してももう遅い。


「ただの設定ってだけであるミドちゃんと違って、わたしは翔平くんの正式なお姉ちゃんなんだよ!」

「だからどうしたって言うの? 私は翔ちゃんに『お姉ちゃん』って呼んでもらってるんだからね!」


 いや、呼んでないから。「お姉ちゃん」じゃなくて「ミド姉」だから。勝手に呼んでいることにされても困るから。


「そ、そんなの関係ないよ! やっぱり現実は受け入れないと! ミドちゃんは姉じゃなくてあくまで家来よ!」

「それを言ったら桃ちゃんだって家来でしょ!? 私は一応敏捷性を活かして安全に偵察係もできるし、戦闘になれば鬼怒李流おにどりるも真っ青なドリルくちばしだってかませるんだからね!」

「犬の嗅覚と牙の鋭さを甘く見ないでよね! 索敵、戦闘はもちろんのこと、慈苦座熊じぐざぐま以上のものひろいスキルだって持っているんだから、有用道具の採取にも一役買うことだってできるんだよ!」


 ぐぬぬとお互い譲らない自称「姉」たち。聞いたこともない生物だけど、どこに生息してるんだ? 国の東地方かな? それとも南西地方かな?


 翔平は自称「姉」たちのそんなやりとりにうんざりして嘆息する。


「ミド姉もモモも喧嘩しないでくださいよ。鬼退治の仲間なんですから」

「「じゃあ、どっちがお姉ちゃんなのかはっきりして!」」

「どっちも違うから! 家来だから!」

「「そんな!?」」


 涙目となる鳥と犬。何だかこの家来、本来の目的見失っていない? てか、最初から自覚していたのかも怪しいぞ。


 仲間にする編成を間違えたかと若干の後悔をしながらも旅を続けていると、木の陰から一匹のサルが姿を現した。


「ちょっとあなたたち! 待ちなさい!」


 命令口調で翔平たちの足を止めるサル。サルにしては珍しく、頭部の毛並みが金がかっている。


「そこの桃太郎が持っているきびだんごとこの柿の種を交換してあげるわ! 感謝しなさい!」


 何故か上からな態度であるサルに対して、桃太郎は難色を示す。


「いや、別に柿の種とかいらないんだけど……」

「この柿の種を植えれば、毎日好きなだけ柿が食べ放題なのよ? いい話でしょう?」

「あ~、僕たち鬼退治の途中で育てる暇ないんで結構です。では」


 そう言ってサルに背を向けて再び歩き出す桃太郎一行。サルは眉を釣り上げて、


「待ちなさいって言ってんでしょうが!」


 どこからともなく取り出した渋柿を桃太郎の頭めがけて投げた。その渋柿は見事に桃太郎の後頭部に直撃する。


「痛っ!? 何すんだよこの金毛サル!」

「あなたが許可なく勝手に立ち去ろうとするからでしょう!」

「断ってるんだよ! 誰が柿の種なんか欲しがるかっての!」

「素直に交換しなさいよ! これだから聞き分けの悪いガキンチョは!」

「誰がガキンチョだ!! どう見てもお前の方が歳下だろ!」

「はんっ! その容姿でよくも堂々と歳上と宣言できたものだわ! あなた、自分の顔を鏡で一度見た方がいいんじゃないの?」


 この……生意気な金毛チビサルが……。


 ぐぅ~~


 突如、サルのお腹の虫が鳴きました。それを止めるようにサルはお腹を抑えます。


「~~」

「もしかしてお前、お腹空いてるの?」

「何よ! 悪い!?」

「はぁ~。もうちょい素直になれよ。別に鬼じゃないんだから、きびだんごくらい分けてあげるよ」


 そう言って翔平は呆れたように巾着からきびだんごを取り出し、サルに手渡します。サルはそれを勢いよく食べ終えると、


「あ、ありがとう……」


 とお礼を言います。お腹が満たされて落ち着いたのでしょうか、とても素直です。


「きつく当たってしまってごめんなさい。お腹が空いて苛立っていたみたいだわ」

「よっぽどだったんだろうから別にもういいよ」

「お礼に、あたしも鬼ヶ島に付き合うわ!」

「本当に? ありがとう! 頼りにしてる!」


 こうして桃太郎とサルの間で何やら友情のようなものが芽生え、桃太郎はようやくまともな家来を一匹連れることに成功しました。


「翔ちゃん、サルさんに粗相されたのにきびだんごあげちゃうんなんて、やっぱ優しいのね! お姉ちゃん誇りに思うわ! そんな翔ちゃんにお姉ちゃんからプレゼントよ! スリスリスリスリ」

「あ! ミドちゃん! どさくさに紛れてずるい! 翔平くん! 義理のお姉さんからもご褒美だよ! ペロペロペロペロ」


 キジはアホ毛をピョンピョンさせながら、イヌはしっぽをフリフリさせながら、それぞれ桃太郎の顔に頬ずりしたり舌で舐めたりします。

 サルと握手をしていた桃太郎は、メス二匹に囲まれる形となります。その様子を見ていたサルは、プルプルと手を震わせると、次には翠と桃果を引き剥がし、


「ウキーーーー!!」

「ギャーーー!!」

「翔ちゃーーーん!!」

「翔平くーーーん!!」


 そしてすぐ、翔平の顔に連続して引っかき攻撃を行います。引っかきを受けた翔平は地面に倒れ、左右に転がります。


「他種族のメスを篭絡して何ハレンチなことさせているのよ! この変態!」

「ギャーーー!! 顔がーーーー!!」


 翔平は顔の痛みに耐え切れず、サルに返答できません。相変わらず、地面を転がっています。


「違うわ! 私は翔ちゃんのお姉ちゃんなの! だからこういうスキンシップも姉弟のそれなのよ!」

「そうだよ! 正真正銘の義理の姉弟なんだから、何も問題ないよ!」

「まさか、サルさんも翔ちゃんのお姉ちゃんになりたいってことじゃないでしょうね!? それはダメよ! 翔ちゃんのお姉ちゃんは私一人で十分よ!」

「ミドちゃんは家来でしょ! 本当のお姉さんはわたしよ!」


 自称「姉」たちの言い争いに顔をしかめるサル。この動物たち、どっかおかしいんじゃないの? これはあたしが何とかしないと……。そうしないと、あの桃太郎に簡単によからぬことをされてしまうわ!


 サルは桃太郎と共に同行することを改めて決意しました。結局桃太郎は、まともと誇っていい家来を一匹も連れないまま、鬼ヶ島を目指すのでした。


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