「四季 -番外、呆れる程に長い夜-」

 錫原の所属する部署は、一から四まで小分けされたうちの二番目に位置する。その数字はおおよそ処理能力によって分けられており、一係が最も処理能力が高いと考えて相違ない。「何も持たない」人間が、そのうち二番目の部署の責任者であるという事実だけを見て、彼女に枕営業だのと難癖をつける部外者すらいる、大きな「警察」という組織においては小さな部署だ。

 よく言えば、少数精鋭。ありのままに言えば、人材不足。そもそも超常現象に近いものを扱う人間が少なからず現れ、ゲームと称した傍迷惑な行為を始めたのがきっかけでできた部署であるものだから、働ける人間はその異常事態を受け入れ、真っ向から立ち向かえる人間に限られる。平たく言えば、当事者、またはその縁者、被害者等。

 錫原は、被害者だった。


 とはいえ、錫原のその経緯を知る者は少ない。

 目の前の男、八巻も、それを知らない。


 「アンタにこんなこと、言っても仕方ないけどね、」

 錫原は、日頃纏った虚言の鎧を脱ぐ口実を手に、くだを巻く。すべてを語るつもりはなかったが、何も語らないでいることもまた、できなかった。

 「異能なんてものを持ってる連中は、みんな、何も持たない人間のことなんて振り返りもしないで進んでいく。」

 飲みにと誘われる――というよりは、半ば無理矢理引きずるように連行される――のにも慣れた様子で、半ばほどを聞き流しているような顔をしながら、八巻は小鉢に入ったきんぴらごぼうをつまんでいる。錫原にとっても、そのくらいに聞き流してくれている方がありがたい。

 「置いてかれないようにいくら頑張ったって、あいつらは置いていくのよ。特に目的のある連中は生き急ぐ。それを管理するこっちの身にもなれって、いくら言ったって聞きやしない。」

 「まあ、言わんとすることは分かりますよ。俺はリョーコさんと違って、管理職じゃないんでちょっと違うかもしれないっすけど。」

 「きんぴらごぼう、これ。私らはごぼう。あいつらはにんじん。さっさと味しみちゃって仕方ないから、本当はごぼうよりも後に鍋だかフライパンだかの中に入れられる。料理ならそうだけど、社会じゃそうじゃない。」

 「まあ、理不尽っすよね。」

 揚げ出汁豆腐、ひとつ。

 呑気な八巻の声を聞きながら、錫原はカウンタに肘をつき、考えた。言うべきか、言わざるべきか。老婆心にもほどがある、己の犯した過ちを繰り返さないように、だなんて、彼には恐らく不要だろう言葉が、喉元すぐそこまで、出かかっていた。

 「……放っておくとね、勝手に死のうとするのよ、あいつら。目的のためなら手段は選ばない、自分の命を犠牲にしたって、そんなことを平気で言う奴らだと思いなさい。」

 残り少なくなったきんぴらごぼうの小鉢の底に、秋らしい紅葉の絵が見えた。もうすぐ、冬が来る。

 「手、離しちゃだめよ。じゃないと、後も追えないところまで、背中も見えないところまで、先に行かれてしまうから。きっと。」

 へらりとした軽薄な、そこにいない男の笑顔が脳裏に浮かんだ。

 「え、」

 驚いた八巻が止めようとするのも聞かず、その男を忘れるために、まさに彼に、置いて行かれようとしているのだということを忘れるために、錫原はとっくりを引っ掴み、そこから直に、決して安くはない酒を呷った。

 タクシー呼ぶまではなんとか頑張ってくださいよ、なんて、溜息混じりの言葉に、錫原は眉間に皺を寄せて頷く。

奢るから、アンタは好きなだけ飲み食いしなさい。

迷惑をかける前提でのような、詫びの前払いとでもいうような言葉に、八巻はもうひとつ溜息を吐いて、覚悟を決めた。こうなってはもう、呆れるほど長い夜が待つばかりだから。

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