「四季 -錫原凉子の場合-」

 弱小部門とはいえ、職は腐っても公務員。空調の効いたオフィス内では、季節感も忘れそうになるもので。錫原凉子は、奇人変人の枠におさまらない人間ばかりのこの空間で、せめてただの人間たることを忘れないためにと、今日も人知れず、オフィスを眺める。



 ただの人間とは異なった力を持つ、所謂「異能力者」ばかりのここにも、花粉症の患者はいるようだ。ぼんやりと見渡す視界に、使い捨てのマスクの箱が見えた。ひと箱に何十枚か入った廉価品。他部署とは違ったものを相手にするがために公務員としての激務に磨きのかかったここであっても、給与は他と大して変わらない。いつ命を道端に忘れてくるかもわからない現場で、薄っぺらく、効果があるのかも分からないあのマスクをつけていることに、錫原はほんの少しの苛立ちを覚えた。

 今日の帰りに、コンビニかどこかで「フィット感」を売り文句にしているような、少しでもマシなものを買ってきておこう。などと、考える。各人のデスクの脇に置かれたゴミ箱も、ところどころティッシュの白い山ができている。今朝、鼻を赤くしている者はいただろうか。悶々と募る、苛立ち。健康管理は何よりも大切なところであるのに、と思いはするが、花粉症は風邪などとは違ってアレルギーであるから、防ぐことが難しいのも分かってはいるのだ。かくいう錫原も、書類ばかりのデスクの上にはきっちりと、薄いピンク色をした目薬を常備している。抗アレルギー剤では眠気が起きたり、眠気があるにも関わらず効きが甘くて症状が変わらなかったりする。役職手当があるのをいいことにアレルギー反応を抑制するための、予防接種のような治療を病院で受けているのだが、それでも目がかすんだり、かゆみが起きるのは止められないのだ。


 ひとつ、溜息を吐いた錫原の視界に、整理してあったはずのデスクの上に、一つだけ秩序を外れた書類が映る。備品の補充申請用紙、その他枠に書かれたティッシュの文字と、きっちり漢字として成立した「正」の字。これだけ使ってなお足りないようであれば、いっそのこと自腹を切って、保湿ティッシュでも買ってきてやろうかとすら思う。人間、ままならないものに関しては苛立つことしかできないものだ。

 どうにもならないことが、平素からあまりにも多いと感じる「ただの人間」にとっては、そんな些細な、部下の花粉症とその対策に関してですらストレスになるのだと、実感すらする。窓から見える、街路の花でさえも。それから花粉が撒かれているわけでもないのに腹が立つ。

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