第45話
セベクと呼ばれたワニ頭の魔物は、肉食特有の前方を向いた両眼でこちらを捕える。
長い尻尾を地面に叩きつけている、餌を貰った喜びの仕草だろうか。
ラミアの言ったとおり、ゴーレムの十体くらいは要りそうだ。
「案ずるな。腹の中で、貴様の仲間と再開できるであろうよ」
アデリナの瞳が怒りに包まれ、オルシーニを睨む。
「激情したメスは美しいな。女が食われるのは良い余興になるのだが、残念ながら今宵は忙しい。あとは任せる」
振り返ることもなく、オルシーニはバルコニーの奥へ消えた。
追いかけたいが、まずは目の前の怪物を何とかしないと……爬虫類系かな?
ルシィに大気の温度を下げてもらうか、その時間は俺が稼ぐ。
いや、水ほど即効性はないだろう、いっそ飲み込まれて中からナイフで。
駄目だろうな、噛み砕かれなくとも、窒息してしまいそうだ
品定めする怪物から、なるべく距離を取り、ルシィを頂点に逆三角形に広がる。
右手にナイフ、左手に魔法の剣、鱗を貫通するかさえ不安だが……。
セベクが動く、長い手と太い両足で、頭と尾を振りながらの突進。
アデリナの間近へ迫り、ぱかっと大きな口を開く。
アデリナは華麗な身のこなしでこれを避け、距離を取る。
とある女子修道院の孤児院に居たアデリナは、ある日、教会正規の異端審問部から勧誘されたらしい。
そんな組織があることも、厳しい訓練があることも、アデリナは知っていたがこれを受けた。
教会組織から孤児院に、多額の支援金が送られる事も知っていたから。
「ほら、私って勉強も運動も良く出来て、ついでに将来有望な美少女だったから」
この屋敷へ至る道すがら、アデリナは身の上を語ってくれた。
断る事も可能で、修道院の院長も止めたが志願したのだと。
それに、きちんとした身分も貰えるし、何年も続けると顔も売れるので、その後は何処かの教会や修道院で聖職者として過ごす事になる。
「だから、使い捨ての諜報員って訳じゃないの。実際に、死ぬ人なんて何年も居なかったのよ」
公の部門だけあって、厳しくても仕事のほとんどは、単なる情報集めだったと。
雲行きが怪しくなったのは、一年ほど前。
サグレサに居た諜報員から連絡が途絶えた、それから三人ほどが消えた。
その中の一人は、審問部の訓練生時代からの友人だったとも。
それを食ったかも知れないやつが、目の前に居る。
しかし、アデリナは冷静だった。
訓練を受けた人間と、素人である俺の動きはこれほど違うのかと、思い知らされる。
ただ攻撃は当たらないが、止める事も出来ない。
「ゴーレムでもあればなあ…‥」
木製だと、一撃で粉砕されそうだけれど。
「ありますよ! ちょっと待って下さいね、これです!」
ルシィがカバンからごそごそと取り出したのは、呪文の刻み込まれた小さな宝珠。
「ゴーレムの核です! これとこれ、魔法陣の材料と呪文の書!」
ラミアが持たせてくれたようだ、あとは失敗しないことを祈るか。
アデリナも気づき、二人でルシィの魔法の時間を稼ぐことにする。
なるべく離れた場所へ、挟み込みつつ誘導する。
「ルシィ! ここなら大地の精霊の力も借りれるでしょ、それでロックゴーレムを! なるべく大きいのね」
戦いながらも、アデリナが助言を飛ばす。
下が剥き出しの地面、それも岩盤で良かった。
セベクの巨大な爪をかわしてから、アデリナが光の球を飛ばし、それが怪物の頭に当たって光ってはじける。
上手い、視力を奪った。
刃のある方のナイフを腰に構えて、一気に突っ込む、もちろん雄叫びはあげずに。
背と腹の間、鱗の薄いとこへ突き刺さった、手加減などせずに思い切り押し込む。
皮と脂肪を貫いて肉まで届き、鮮血が吹き出して、セベクが初めて音に出して叫んだ。
このまま刃をずらして切り裂く! と力をこめるが、深く食い込んだナイフはビクともしない。
「サガ、避けて!」
アデリナの声に顔をあげると、セベクの尻尾が大きくしなるのが見えた。
いけないと思ったが、ナイフを捨てるのが遅れた。
腰のあたりに重い物体がぶち当たり、体が宙を舞う。
鞭のしなる様なと言うが、そんな物ではなかった、トラックに跳ね飛ばされたような重量感と衝撃。
もちろんそんな経験はないのだが、そうとしか思えない一撃。
背中から落ちて息が止まる、マナで守られてなければ即死だった。
直ぐにも、巨大な顎と爪が襲ってくるはず、俺の体よ動け動いてくれ。
だが、視力の戻ったセベクは、まったく別の方を見ていた。
大きな魔法陣を大地に描き、ゴーレムの核をその中心に落とすと、大地の精霊に呼びかけるルシィの方を。
寝転んだ体に、地面が揺れるのが伝わる。
恐らくは、凄い力が集まっているのだろう、それがこの強力な魔物にも分かるようだ。
「こっちよ!」
挑発するアデリナには、もう目もくれず、ルシィへ向けて突進し始めた。
「ルシィ!」
危機を告げる呼びかけにも、ルシィは目を閉じたまま応えない。
並走したアデリナがナイフを投げ、顔に突き立ったが、セベクは一瞬だけ立ち止まり頭を振る。
あっけなく抜けたナイフが、地面に落ちた。
再び、今度は威嚇の咆哮をあげて、セベクが走り出す。
いや、威嚇でなく、野生の本能による恐怖の叫びだったのかも知れない。
「オレイアスよ!」
呪文が終わりルシィが目を開くと、地面から生えた巨大な腕が、眼前に迫っていたセベクをとらえた。
地面が更に激しく揺れる、立とうと思ったが立てそうにない。
あきらかに、周りの地面が沈下している。
そして、その減った体積の分だけ、ロックゴーレムが地中から姿をあらわす。
ラミアの魔法のお陰か、それともルシィの力か、二つの魔法が合わさったせいか。
イリスに手伝ってもらった時も、凄まじい威力だったが。
ゴーレムの向こうで、『行け! ポンペイ二世!』とルシィが命令した。
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