第44話

 マナさえ豊富なら、どんなものでも強くなる。

 銅の剣でも、マナを蓄えていれば鋼の剣を打ち折る。


 ただしマナを込めた鋼の剣が相手だと、逆に斬り飛ばされてしまう。

 要は、互いに魔術で強化した武器や防具を持っていれば、防具の無いとこに当てる技術のある者が勝つ。

 今のところ、唯一の例外が俺らしい。


 屋敷に踏み込むと同時に、白刃煌めく戦いになったわけだが……待ち受けていた三人の護衛は、当然ながら俺よりも強い。

 だが、アデリナは相手の持つ武器をちらっと見ると。

「大丈夫だね、どーんと切られてこい」

 そう言って俺を押し出した。


 足の運びやナイフの構えから分かるのだろう、悠々と避けられて、腕の関節や首筋に剣先が突き刺さる。

 が、多少痛いが、ルシィとラミアがありったけ詰め込んでくれたマナを、貫通する事はない。

 何事かと驚くとこへ体当たりして、ナイフの柄で思い切り殴りつける。


 これで一人。

 次は、ナイフを構えて突っ込む。

 簡単に叩き落とされたが、気にせず飛びついて、今度は魔法のナイフで腹をえぐる。

 肉は切れないとはいえ、体内を直接刺激する痛みに、二人目は絶叫を上げた。

 この魔法ナイフ、頭や延髄に使うと死ぬんじゃないかな……。


 残り一人が、距離を取って右手を突き出す、聖職者は杖の代わりに腕輪にマナを蓄えている。

 案の上、何か魔法の様なものが発射されたが、ビクともしない。


「ふっ、効かないよ」

 思わず余裕の台詞を吐いてしまったが、やめておけば良かった。

 近づいたところを、腕を取られてあっさり投げられた。

 頭から落ちたがダメージはない、すぐに起き上がって飛びかかる、ゾンビ戦法だ。

 動きも体格も向こうが全然上なのだが、しばらくもつれ合ってると崩れ落ちた。


 アデリナが後ろに回り込み、膝の裏にナイフを突き刺していた。

 結束バンドがここで役に立ち、縛って適当な部屋へ放り込む。


 覚悟を決めたつもりだが、人を殺すのは……やはり怖い。

 アデリナだって、背中に突き立てる事は出来なかった。


「人を刺したのは初めてなんだ」

 少し青い顔でそう言った。

 ルシィには大砲みたいな魔法もあるのだが、屋内だと風の精霊が弱いらしい。

 いっそ、屋敷の外からぶっ潰せば良かったかな?


 さらに奥へ進むと、地下へと続く階段が堂々と……。

「ここかな?」

「これは罠かもねえ」


 とは言え、他に目につく入り口もない。

 行き止まりだと困るのだが……光の球を魔法で出して奥に投げてみる、これは長そうだ。

 百円ライターならあるが、暖炉から薪取ってきて、松明にすることにした。

 それを持って先頭を進む、攻撃してくるなら灯りを持つ者だろう。


 階段へ踏み込むと、いきなり仕掛けが発動して矢が数本飛んでくる、痛い。

 次は槍を刺した吊り天井が上から、これも痛い。


「そこ、何かありますね」

 ルシィが気づいたのは、落とし穴だった。

「本当だ、目を凝らすと見えるね。どれも魔法で発動する罠だわ」

 もっと早くにそうして下さい。


 避けられそうな罠は避ける、無理な物は俺が一人でかかる。

 普通にやれば五人は死者が出そうな方法で階段を下りきると、広い場所へ出た。

 松明の光が端まで届かないほど。


「何か分かる?」

 視覚頼りの俺にはさっぱりだ。

「壁……あと天井も魔法で固定されて、下はこれ岩ですね。上は丸屋根?」

 ドーム型の広場とは、嫌な予感しかしない。

 

 急に明かりが点いた、ドームの天井全体が光る。

 そして後ろでは、階段の前に鉄格子が落ちた。

 予想通りこの形はコロシアム、しかもよく見ると骨らしき物があちこちに。


 正面の上方、見物席から声がした。

「ネズミが紛れ込んだと思ったが、子猫だったか」

 緋色の縁取りの僧衣にケープ、間違いない枢機卿とやらだ。


 見た目は意外と若い、鋭い目付きと細い顎に、整えた髪。

 若手官僚みたいな印象だが、貴族の貴公子と言われても納得だ。


「魔導師に、貴様は教会の者か? そちらは何者か、この世の者とは思えぬが」

 別に答える義理はないだろう。

 見物席、バルコニーまで飛べれば良いが……ルシィを振り返ったが、首を振る。


「そうだよ、ここには結界が張ってある。そなたは、異界から来たモノかな。悪魔には見えぬが」

 これも無視する、他の出入り口は、やけに大きな扉が一つだけ。

 あれは……何か出てくるんだろうな。


「食わせるには惜しいな。そなたは実験材料に、あとの二匹は寝室で飼おう、どうかね?」

 オルシーニはそう言って配下に合図すると、大きな扉がゆっくりと開いた。

 大きな物がこすれて動く音がする、ルシィもアデリナもそちらを注視する。


「サガさん気を付けてください、大きなマナを纏った魔物が来ます」

 暗い穴から、ワニのような頭がぬっと突き出る。

 ただし、地面から三メートルはあろうかと位置に。

 続いて出てきたのは、鱗の生えたゴリラのような体躯、長い腕に鋭い爪が並ぶ。


「セベク、こんなものまで!」

 アデリナが驚きの声をあげた。

「ほう、よく知ってるな。南の大陸の魔物だ。魔物を操るのは、人の心を操るよりもずっと簡単でな」

 その言葉に、アデリナが反応した。


「やはりそうか。良くもまあ嗅ぎつけるものよ、生かしておくのは無理だな」

 オルシーニは、何の感情もなく言い放った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る