第43話

 オルシーニ枢機卿の屋敷は、郊外のさらに外れにある。

 屋敷も見えぬ場所から私有地だそうだ。

 それだけで、サグレサで最上位の聖職者が持つ権力が分かる。


 もし私設兵が居ても、私が喋るから二人は黙っててと言われた。

 案の定、私有地に入った直後に見張り小屋があった。


「何者だ?」

 御者の俺は応じず、アデリナが色気たっぷりに答える。

「オルシーニ様に呼ばれてるの。こんな夜中に、何かしらねぇ」

 げへへといった笑いが、見張りの者たちからあがる。


 オルシーニ様もお好きだからな。

 姉ちゃんら、帰りに寄ってくれてもいいぞ

 そっちのコは、何時もと趣味が違うな?


 余りにも定番すぎる冷やかしに、アデリナが適当に手を振る。

「さあね、客でも来るんじゃないの?」

 それを合図に、ゆっくりと馬車を出す。


 仕事熱心な連中でもないようで、あっさりと通り過ぎる。

 見張り小屋も見えなくなってから、静かにしていたルシィがくわっと目を剥いた。


「な、なんですかさっきの! オルシーニって枢機卿さまですよね? それにわたしの趣味ってなんですか、わたしの!?」

「いやーすまないね。オルシーニって政治力も行動力もあるんだけど、世俗的すぎるクズでねえ。それと、好みは金髪で豊満なのだってさ」

 また余計な、煽るようなことを付け加える。

 ルシィが手にしてるドリュアスの杖がミシミシと音を立てる、頼む耐えてくれ大事な杖なんだから。


 俺の世界基準では、ルシィも年相応だと思う、ただこの国は、ラミアとかアデリナとか周りが凄いだけ。

 もちろん、口に出したりはせずに、黙って馬車を走らせた。


 

 屋敷の尖塔が見えたあたりで、馬車を降りて隠しておく。

 木々や茂みに沿って進む、本当にお堀に囲まれていて、跳ね橋はあるが上げられている。

 なるべく、見つかり難そうな所を、水避けの魔法をかけて渡る。


 生ぬるい水に、ぬめった足元、草も生い茂り手入れも悪い。

 お陰で発見される可能性は低いが……足が丸太のようなものに当たる。

 しかもそれが、ずるりと動いた。


 これは、想像通りだとすると非常によろしくない。

 後ろから付いてくる二人に、何か居ると合図して急がせたが、渡った先の石垣は高い。

 登れそうなところを探すが、少し遅かった。

 足へ鱗に包まれた筋肉が巻き付き、一気に水中へ引きずり込まれる。


 もう間違いなく蛇で、それもかなりの大きさ。

 こんな事もあろうかと、手にしていた魔法の剣で足元をめった刺しにする。

 肉は切れないというが、自分の足に当たるとそれなりに痛い。

 だが、大蛇も痛みに耐えかねたのか、離してくれた。


 水面に浮き戻ると、二人が別々の方向を指差して同時に叫んだ。

「ティタノボア!」

 水中から鎌首をもたげた大蛇は、二匹いた。

 水べりをバシャバシャと、石垣に沿って走る。

 後ろから、水に潜ったティタノボアとやらが追ってくる。


「わたし、田舎の子なんですけど、蛇だけは駄目なんです」

 ルシィは泣きそうだ。


 どすんと体当たりされて、もう一匹にまた捕まった。

 体はマナで強化してあるので、骨を折られることもないが、水中はまずい。

 アデリナがナイフを手渡そうとするが届かない、引きずり込まれる前に『水! 冷やして!』とだけ言い、大きく息を吸った。


 凄い力で二匹に絡み取られ、深みへと連れていかれそうになる。

 ぐるんと巻き付かれたところで、ようやくルシィの魔法が発動したみたいだ。

 急速に水温が下がり、それに合わせてどんどん動きも力も弱くなる。

 抜け出た時には、水面に薄く氷が張っていた。


 これ以上は、俺も動けなくなってしまう、もう大丈夫だと伝えて石垣を登る。

 二人のお尻を押し上げ、やっとこさ水から上がった頃には体もすっかり冷えて、動くのがやっと。


「大丈夫? すぐに温めてあげるから」

 アデリナが癒やしの魔法を使おうとした時、大きな頭が足へ食いついてきた。

 まだ動けたのか、凄い執念だ、餌を貰ってないのか?

 

 がっちりと咥えた顎は容易に外れそうにない、これは可哀想だが仕方ない。

 アデリナからナイフを受け取って、大蛇の頭をめがけて振り下ろす。

 頭部に食い込んだ刃は、嫌な感触と共に骨を砕いた。


 断末魔こそ無かったが、頭を大きく二、三度振ってその場に倒れた。

 それにしても、コウモリにヘビとは、教会が使うにしては趣味が悪い。


 ようやく進めると思ったが、何時の間にやら何頭もの獣に囲まれていた。

 犬か、それとも狼か、ただかなり痩せ細っているのが分かる。

 一応、アンモニアの瓶はまだあるんだけど……。

 

 だが、番犬達はこちらに見向きもせず、ティタノボアの死骸に食らいついた。

 なんてことを、あえて飢えた獣を放っているのか、放置してるだけなのか。

 どちらだとしても、オルシーニとやらは、一発殴ってやらないと気がすまない。


「この隙に行こう」

 二人をかばいつつ、その場を離れる。

 水中からもう一匹の蛇が顔を出し、一頭に食らい付いたのを最後に見た。


「余り人は居ないみたいね」

 アデリナは、あえて感情を押さえてた口調で話す。

「ねえ、さっきの何ですか。あんな食い合いをするなんて…‥」

 ルシィは、信じられないといった口調だ。


 屋敷までたどり着き、これから中に入る訳だが。

 ナイフはもう一本持ってると言うので、覚悟を決めて使うことにした。

 もうショックを与えるだけの魔法の剣では、済みそうになかった。

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