第42話

 三度目の山越えは、何事もなく通過した。

 魔物を操ることも出来ると聞いていたから、内心は不安だったが。


「まあ大丈夫でしょ。サガやルシィには、拘りないみたいよ。魔法陣を手に入れたら、あっさりと引き上げたし」

 アデリナの言葉は本当だったようで、襲われる事も監視さえない。

 だが、これで連中の目的も分かった。


 魔法陣を利用するのが目的で、呼び出した張本人や呼び出された者を裁くとか、そちらには興味がないと。

 

 その連中の親玉は、この国の聖職者で一番偉いオルシーニ枢機卿。

 教会の名門貴族という、ちょっと馴染みの無い家系らしいが、実力も野心も折り紙つき。

 将来、教会と教会領を牛耳る教皇になる可能性もある大物だとか。


 いきなり殴りこんで、かんしゃく玉と花火で脅して返してもらう、とはいきそうにない。

 まずは作戦会議と言うことで、姉弟子ラミアのとこへ向かうことにした。

 ベアトリーチェ達はとうに着いてるはずだが、まだ王宮に入ってないらしく、他にあても無いので仕方ない…‥。


 ラミアの家が見える直前で、アデリナが馬車を止める。

 様子を見てくるから、ここで待っててと。

 小一時間して戻って来たが、ラミアの家に監視はついてない、大丈夫そうだと。


 しかし、アデリナは本当に謎だ。

 教会の下級官吏でレクトルという身分らしいが、やってる事は女スパイそのもの。

 謎の多い美女は良いものだが、そこらへんの事は、聞いても教えてくれない。


 魔法協会の使いだったイリス、最初は身分を隠していたベアトリーチェ、教会の信仰派の諜報員らしきアデリナ。

 それに比べてと、じっとルシィを見た。

「ん? なんですか?」

 裏表の無い笑顔を返してくれて、何だかほっとする。

 けれど、ルシィはルシィで、今や珍しい戦闘向きの魔法使いなんだっけ。


 ここに来たのも変わった事だけど、変わった人ばかりと出会うものだな。

 出会った人の中で、一番常識人っぽいラミアの家に着いた。


「あらあら、先日別れたばかりなのに。それに豪華な馬車に、こちらは司祭さん? 結婚式の入場みたいよ、あんた達」

 あきれながらも、喜んで招き入れてくれた。



 ラミアの煎れてくれたお茶を飲みながら、事情を説明する。

 王女が竜に連れ去られ、カテリーナと兵士が取り戻したのは知っていた。


「わたしも一緒にさらわれました!」

 豪快な宣言に絶句したけれど。

「そうね、あと王都で広まってるのは、黒幕は王妃。王女はまだ王宮に入れず、離宮に居る。陛下は王女を遠ざけ、嫁がせるって噂ね」


 ラミアの店には、近所の奥様がよくやってくるので、かなり詳しい。

 王都では、王女達の人気は最高潮で、姿を見せるとなれば、通りは人で埋まるだろうとも。

 人気が……出過ぎたかな? 逆に警戒されて足止めを食らったようだ。

 これでは王様も、敵か味方かよく分からない。


 もう一つ、奪われた魔法陣の方だが……こちらは断固反対された。

「奪い返しにゆくなど、絶対に駄目です。私からもカテリーナや、魔法ギルドに話をするわ、お願いだから危ないことはしないで」

 かなり強く言われたのだが。


「姉さま、わたしは、何時も姉さまが正しいのは知ってます。姉さまの言うことなら何でも聞きます。けど、今回だけは行かせて下さい。あの魔法陣が無いと、サガさんが帰れなくなります。もし閉じたり、他のとこに繋がってもです」

 真剣に、ラミアの目をみつめて語りかける。


「それに、サガさんの世界には、想像を超えた物が沢山あります。わたしの未熟で、誰かにこれ以上の迷惑をかける訳にはいきません。わたしが、何とかしないといけないんです」

 ラミアは折れる代わりに、大きくなったわねと、ルシィの頬にそっと手をあてた。

 

「それで、何処に持っていかれたか、分かってるの?」

 待ってましたとばかりに、アデリナが図面を開いた。

 館の地図、それに手をかざすと光の立体図へ変わる、久々に凄い魔法だ。


「これは、オルシーニ枢機卿の屋敷。教会の所有する建物に持ち込まれてないのは、確認済み。だとしたらここしかない」

 この屋敷にも、大魔導師の時ほどではないが、掘に囲まれて城塞にも見える。

 まあ古い権力者の家ってのは、そんな物なのだろうが。


「掘には水が引いてある。オルシーニの居室は上階だけど、ここ。地下室があって、そこで怪しい事をやってるのは間違いない。魔法陣もここかな」


 アデリナの準備も説明も迷いがなく、以前から目を付けてたみたいだ。

 それか、その怪しい事がアデリナの探りたい事なのだろう。

 その証拠に、私も付いて行ってあげるから! と簡単に請け負ってくれた。

 

「なるほどね。罠では、なさそうね」

 ラミアがアデリナを見据える。

 アデリナは、信用して下さいとばかりに、余計な事は言わず頷き返す。


「そうね、なら準備をなさい。何を持っていっても良いわよ。必要なら、私のゴーレムを十体ほど殴り込ませるけど?」


 俺の体に、ありったけのマナを充填した。

 近代道具が無い今は、魔法が頼りになる。

 防御の魔法を織り込んだ衣服、短い剣も渡されるが……剣は使えないのだが。


 抜いてみなさいと言われ、鞘から出すと刀身が無い。

「魔法で練ったマナの刀身よ。刺すと激痛が走るけど、肉は切れないわ。護身用にと買ったのだけど、馬鹿みたいにマナを消費して、お金がかかって使い物にならないの。これを売ってた魔導師の店は、潰れたわね」

 それ、あげるわと言われた。


「付いて行ってあげたいけど、即効性のある魔法は自信がないの。ついでに体力もないわ」

 代わりにこれをと、小さなガラス球を渡された。

「割ろうと思って投げたら、直ぐに割れるわ。そうすれば、私のとこへ伝わる。本当に危なくなったら使いなさい、直ぐにカテリーナのとこへ行くから」


 ルシィと俺と、アデリナにもくれる。

 いきなり押しかけて、魔法道具にマナとあれこれ持ち出す事になった。

 金貨に換算すると何十枚か何百枚か。

 ラミアは、それには一言も触れず、俺とアデリナに『ルシィをお願いね』とだけ言った。


 今夜の内に、乗り込んで決着をつける。

 夜の王都を、馬車を引いて歩き出した。

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