第41話

 王都へ乗り込んで、悪の教会をぶっ潰しましょう!

 口ではそう言ったルシィだが、瞳から読み取れたのは、そんな物騒なものではなかった。


 心配してくれてる眼だった。

 あの魔法陣がなくなって、一番困るのは貴方ですから。

 不安でしょうけど、わたしが一緒に行くから心配しないで下さい! 

 全力で、そう訴えかけていた。 


「ありがとう」とだけ言って、表に飛び出す。

 ずっとルシィの目を見てたら、泣いてしまいそうだった。


「ジエットさん、神父さま、行ってきますね!」

 ルシィも馬車に飛び乗った。

「いやー、二人の邪魔をするのは気が引けるけど、付いてくね」

 ルシィの差し出した手を取り、アデリナも乗り込む。


 いざ! と言う時になって、ルシィが待って下さいと飛び降り、荷台の荷物や、貴重品などをまとめてジエットさんに預ける。

 

「これ、お願いします!」

「分かった、預かろう。気を付けてな。一応言うが、無茶をするでないぞ」

 どうせ聞くはずもないが、言っておくのが年寄りの役目といったところ。


 元気よく返事だけはして、また馬車に飛び乗る。

 ジエットさんと神父さんの見送りを受け、再び旅立つ。


 しかし、ジエットさんはともかく、教会が異端調査に来たのに神父さんまで。

 アデリナから、何があったか詳しく聞くことに。


「神父さん? 良い人だったよ。私も二日間、教会に泊めて貰ったし。孤児院の子とも遊んだよ。そう、あいつらが来たのは三日前で、ルシィがそんな事をするはずないって抗議したってさ」

 えへへと、嬉しそうにルシィが笑う。


「けどその後に、ジエットさんから失敗した魔法で異界から人を呼び寄せたと聞かされて、頭を抱えてたけどね」

 今度はへこんだ、アデリナはルシィの喜怒哀楽で遊んでいる。

 それよりも、異端調査や審問って大事な気がするんだけど。


「もっと西の国、教会の権力が強い国では、教会法で罰せられる事もあるんだけど、本来は聖職者を律するものだからねえ。それに、魔法の禁呪や禁忌に関するものは、もう死法と化してて今更持ち出すなんて……あんたら、何をやったの?」


 そこで十日ほど前に起きた、王女の誘拐とその顛末をアデリナに話した。


「それはまた……凄い事をやらかしたねえ……。ドラゴンを吹き飛ばすとか、異界から悪魔でも召喚して引き連れてると思われても、無理はないわ」

 褒められたと勘違いしたルシィは自慢げな顔をするが、問題はそこではない。

 魔法そのものよりも、召喚で出てきた武器や武力に注目しているのか?


「そうね。私達のグレゴリオ教は、歴史も権威も富も影響力もあるけど、軍事力はさっぱりないの。教会の至上派、魔法を独占したい派閥には、その意図もあるのよねえ」


 グレゴリオ教、二千年前の預言者グレゴリオと、各地の土着信仰が結びついた一大宗教。

 この南北両岸の世界で広く崇められているが、魔物に対する各国の軍事力と魔法使い、この二つの現実的な力のせいで葬式宗教から抜け出せない、と言ったとこらしい。


 ついでに、この世界の聖地は、中央の海に並んだ島々。

 人々はかつてそこに住んでいたが、火山と海面上昇に追い出され魔物が跋扈する大陸へ……。

 これが神話の一節だそうだ。


 ま、何にせよ、魔法陣を取り返さないと。

 小さな通り道とは言え、幾らでも悪さは出来る。

 万が一、高性能な爆薬や銃などを輸入できれば、王女の暗殺も簡単に出来てしまう。


 最悪でも破壊、か。

 もし、俺がこっちの世界に取り残されても……ルシィは見捨てないと思う。

 まだ何もしてないが、一緒に暮らして金塊で田畑でも買って、それも悪くないな。

 まだ何も出来てないけど。


「はぁ? まだ何もしてもないの!?」

「ぎゃー! なんで大声で言うんですかー!」

 荷台、座席にもなる高級馬車の後ろから、乙女の叫び声がした。

 二人は世間話しで、馬を操るのは俺。


「サガ、あんたさあ、二十日も一緒に居て何やってんの? それでも男?」

 アデリナが御者台に首を突っ込み、呆れた表情で問いかける。

 それでも聖職者かって言いたいとこだが、返す言葉も御座いません。


 やめて下さいーと、ルシィがアデリナを引きずり戻す。

 けらけらと笑う聖職者と、不満をぶつける駆け出し魔術師。

 とても深刻な状況のはずだが、旅路は明るい。

 その日の一泊は二部屋で、もちろん一人で寝た。


 良い馬と良い造りの馬車は速く、片道三日かかったいたアグレスまで往復四日で済んだ。

 王女の居城に顔を出したが、とっくに出発した後だった。

 だが、残って居た城代が覚えていてくれ、あれこれと世話を焼いてくれる。


 馬を替えてくれた、それも一頭引きから二頭引きへ。

 部屋を用意すると言われたが、このまま進む事にする。

 ならば護衛を出すと言われたが、それも断った。

 最後に、侍女が籠一杯の食べ物や飲み物を持ってきて、これは有り難く受け取った。


 二馬力になり、これなら山道も難なく登るだろう。

 王女とカテリーナ、それにイリスも魔法陣も王都へ、あとはこの三人が着けば役者は揃うか。

 王妃と教会、戦う相手は違えども。

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