第40話

「して、姫様は王宮に戻られますか?」

「ええ、そのつもりです」

「ふむ。アグレスに居られてもよろしいのですぞ。その方が安全で、我らもお側に居りますゆえ」

「お父様が、嫁ぎ先を決めるまですか?」


 そうなるかも知れませんなあと、騎士団長は笑った後に、真面目な顔で聞いた。

「その場合には、お断りになるおつもりで?」

 ベアトリーチェも澱み無く答える。

「お父様が決めるなら、仕方ありませんわ。けど、王宮には戻ります」


 ロンバルド騎士団長は、後ろに立つカテリーナを見て尋ねた。

「カテリーナ、そなたは姫様が国外に嫁ぐとなったら付いてゆくのか?」

 当然ベアトリーチェ様の側を離れない、との答えを聞いてから。


「我が国の宝石と真珠、同時に失うのは避けたいものですな」

 今度は、後ろに控えていた騎士達を見て言った。

 そして、王都に行くにも、騎士団長と騎士達が護衛すると請け負った。


 その視線の意味は、直ぐに分かった。

 父王からの言伝があるからと、王女と騎士団長が別室に消えると、王都からやって来た若き騎士達は、あっという間にカテリーナを取り囲む。

 どうやら、この国の騎士や兵士にとっても、珍しい女騎士は憧れの存在のようだ。


「またですか」

 何時の間にか戻ってきた王女が、隣に立っていた。

「もてるんですね」

「ええとても。騎士団や軍の閲兵の時に、カテリーナに付き添ってもらうのですが、ほぼ全員の視線がわたくしでなく、カテリーナを見てますもの。女騎士ってそんなに魅力的ですか?」


 何とも答えづらいが、王女にもバレバレとは、大丈夫かこの国の軍隊。

 ただ、王女の口調は嫉妬混じりでなく、モテる姉を自慢するそれだった。



 王女は王宮に戻り戦うと宣言した。

 父王は良くても中立、大衆は味方に付けたとしても、王子二人を擁して大国の後援もある王妃を、政治の舞台で抑え込めるのか……。

 たぶん、この先で俺は役に立たないが、展望だけは聞いておいた。


「わたくし、これまでは支持者を増やすといった事は避けてましたけど、こちらへ戻ってから百通以上のお手紙を書きましたわ」

 貴族の支持なくして、封建社会は動かない。


「長年企んでいらっしゃった、お義母さまの様にはいきませんが、わたくしの婿に我が息子をと考えてる方々も多いので、反応は上々ですわ。それに……わたくしには、小さいですが頼りになる味方が居るんですよ」

 意味深な事を言って、口元だけで笑う。

 存外、優しいだけでなく有能な為政者になるかも知れないと思った……。


 ここで、一度フェアンに帰りたいと告げた、ルシィも同意してくれたと。

 これには素直に驚いて、寂しいですと言ってくれた。

 明日にも発つつもりだと言うと、家宰のセヴェリーニを呼んで準備をするようにとも。


 別れの晩餐も済んで、朝になった。

 褒美とは言わずに、何か必要なものはございませんかと、何度も聞かれたが、ルシィの一言。


「友達を助けただけだから、大丈夫です!」

 これで、丸く収まった。

 それでも、金貨を金塊に両替したいと言うと、市価の三倍くらいの量を渡された。


「当家の倉庫に余っていたものなので、お持ち下さい」

 家宰はそう言い張って押し付けてきた。

 ルシィも、ベアトリーチェの衣装を何着も貰っていた。

 お古で悪いけど……と言いながらも、針子さんが徹夜でサイズを直したのを知っている。

 そのままだとウエストが入らないから。


 馬車も馬も、新しいものを貰った。

 見るからに立派な馬だ、余裕で金貨百枚はするだろう。

 これまで頑張ってくれたパトリシアは――俺しかそう呼んでないが――買い取って、ここの牧場で余生を過ごさせてもらえると。


 別れの挨拶も済ませた。

 イリスは、魔法協会の指令で王女に付いて行くと。

 ロンバルド騎士団長もやってきて、救出を手伝ってくれた礼と感謝を言われた。

「どうだ、騎士団に来ないか? 俺が推薦するぞ」

 それは丁重に断わった。


 新しい馬車は、とても速い。

 馬も強いし、造りも魔法も最新式だ。


 フェアンに戻って、一度自分の世界に帰って、またこちらへ来たとしても、もう二度と会えない人も居るかも知れない……。

 そんな感傷に浸っていたのだが、そんな事もなかった。


 フェアンに着く手前で、『おーい! そこの馬車!』

 急に呼び止められ、誰かが遠慮なく乗り込んできた。


「アデリナ!?」

 二人の声が揃った。

「やー、やっと来た。どうしようかと迷ったんだけど、待ってて正解」


 なんでここに? の質問には答えず、もう一軒の魔導師屋、ジエット爺さんのとこに行くように言われた。

 中では、ジエットさんと神父さんが難しい顔をして座っていた。


「ルクレツィア!」

 二人の怒るような呼びかけに、『わ、わたし何もしてませんよ!』と答えていたが、それは嘘だな。

 ジエットさんも神父さんも、ルシィを心配して集まってくれてたらしい。


 何でも、教会から異端調査の名目で人がやって来て、強引に魔法の施錠を外してルシィの家に入り込み、何やら板を外して持ち去ったと。


 それって、もしかして……?


 とっくの昔に連中は消えたと言うが、一応用心して家へ向かう。

 やっぱりだ、ルシィの作った失敗魔法陣、俺の世界へ繋がる床板がない!


 ジエットさんは、渋い顔をしたまま。

 神父さんは、申し開きがあるなら私も一緒に行くからと。

 アデリナは、奴らは王都に戻ったよ、止められなくてごめんねと。


 ルシィは、ポンペイさんが壊されているのを見つけ、呆然としていた。

 お師匠の残してくれたポンペイ、何年もルシィと二人で暮らし、留守を任された家を必死で守ったのだろうか。

 ルシィは、ポンペイを見つめたまま言った。


「まだ、直るかもしれません。姉さまにお願いしてみます……。サガさん! わたしたちも王都へ乗り込みましょう!!」

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