第39話
やってやるわ! と宣言したは良いが、ネットやマスコミはないのだ。
いわゆる”間者”を使って広める訳だが……俺にそんなノウハウもない。
ただ、広まり易い噂と言うのはある。
覚えやすく、誰もが興味があって、定番の流れがあるもの。
『おらが姫様が悪の魔導師と竜にさらわれ、勇敢にもお付きの美人騎士が助け出す』
素材としては、これ以上ないくらいだ。
これを分割したり数パターン作って、人が集まりそれぞれ知ってる事を語り合えば、一つの物語になる。
そうすれば立派な噂の出来上がり。
ここで、イリスから提案があった。
「精霊の巨匠こと大魔導師ビンチは、かつての美しき王妃の面影を美しい王女に重ねてしまった」
という事にしてくれないかと。
これでも精一杯、王女を持ち上げたようだ。
「そうしてくれたら、魔法協会が手伝う。情報を集めるのも流すのも得意」
魔法使い全体の評判が落ちるのは望ましくない。
だが大魔導師に僅かでも同情出来る理由があれば、全面的に協力すると。
特に断る理由もないようだった、何よりほぼ事実であったし。
イリスは、水晶で協会と連絡をとる。
互いの文章を写し合うので、時間はかかるが内容は正確だ。
最後に長い文章が転写されてくるが、イリスは一言に訳した。
「迷惑をかけてゴメンって」
あとは魔法協会から各地の魔法ギルドへ連絡され、すぐにも噂は広まるだろう。
俺の事は隠してもらった、ルシィもだ。
ただでさえ目立つなと言われたのに、玉座の行方を左右する噂話に登場するなど、とんでもない。
この話の中心は、ベアトリーチェとカテリーナ。
王家のヴィスコンティ家と、貴族のスフォルツァ家は、共に王制以前からの名門。
ただし、それがそのまま勢力に反映されるわけではない。
まず東西に拡張した時に、土地々々の豪族や支配者が貴族に組み込まれ、東西の大国と交流が深まってからはその影響が強くなった。
今の王妃は、西にある大国の王族、それゆえに権勢も強い。
だが長い歴史を背景に持つ、ベアトリーチェとカテリーナの関係は、民衆の愛国心や浪漫をかきたてるに充分だ。
作戦は上手く行くと思うが、一つだけ疑問がある。
ベアトリーチェの父、今の王様はどう思ってるのだろう?
家族の事に踏み込むのも躊躇われたのか、この夜は誰も口にしなかった。
与えられた寝室は、映画で見るロイヤルスイートみたいだった。
実際に、ロイヤルが用意してくれた部屋だが。
飲み物や果実もある、机の上のベルは魔法で召使いの控え室へ直接連絡。
鳴らせばすぐに用事を聞きにやってくる。
人生最高級の羽毛にくるまれていると、何か飛び込んできた。
この亜麻色でカールのかかった髪は、ルシィ!?
暗闇の中でも、白い全身の肌が浮かびあがる、なんとはしたない!
「サガさん!」
声をあげて抱きつくと、腕の中に頭をうずめる。
いきなりなにごとですか。
「サガ様!」
「サガ」
何時の間にか、左右にはベアトリーチェとイリスも。
成長途上の華奢な少女三人に囲まれる、ここでこんな展開が待っているとは。
いかん、これは条例に引っかかる。
「なら、こっちはどう? ルシィなんかには負けないわよ?」
「私は、鎧を脱いでも凄いのだぞ」
「はーい。あの晩の続きはどう?」
ラミアにカテリーナに、アデリナまで。
こちらは流石の大艦隊。
いい加減、おかしいと気付いた。
それに、大事な一人が足りない。
「わたしの事かね?」
エンリコ隊長が出てきた、丁重に無視してあたりを見回す。
居た。黒い髪の女の子が、背を向けて泣いてる。
十数年も前から、幾度となく見た姿だ。
「カノ……すまないな、もう直ぐ帰るからな」
ぽんぽんと頭を叩く。
「お兄ちゃん!」
その叫びで目が覚めた。
こっちへ来て二十日ほど、あっちでは間もなく夏休みになる。
休みの間、妹は何度か顔を出す。
俺と妹は、今やたった二人の家族と言っていい。
もし連絡もつかねば、どうなるか……一度戻らなくては。
この日、王都から使者が着いた。
父王陛下から、直接に派遣された一団だった。
完全武装の十人を超える騎士、率いるのは爵位も持つ王国騎士団長。
ベアトリーチェもカテリーナもさぞ緊張するかと思ったが、そんな事もなかった。
この騎士団長が来ると言うことは、詰問や拘束とか物騒な話になるはずがないと。
広間で到着を待つ。
ガチャガチャと鎧を鳴らせながら、騎士たちが入ってくる。
騎士は並んで膝を付き、騎士団長は数歩進んで同じく膝を付く。
王女は自ら近づき、先に声をかけた。
「ロンバルド様、お立ち下さいませ。話し辛くてたまりませんわ」
騎士団長はすくっと立ち上がる、大きいたぶん二メートル近いのでは。
生粋の軍人といった皺の刻まれた厳しい顔が、一瞬で優しい笑顔に変わった。
「姫様! ご無事で何よりです! カテリーナもよくやった!」
髭も白い老人だが、鎧の上からでも鍛え上げているのが分かる。
ベアトリーチェを見つめる視線は、とても穏やかだ。
騎士団長ロンバルド、先の王から仕える王国第一の武将で、今の王が頭の上がらぬ人物の一人。
個人の武勇も、将軍としても優れた国の要だそうだ。
「ロンバルド様が出馬なされたと言うことは?」
「そうです。ビンチと竜を捻って、姫様を連れて帰って参れと」
「お父様は、わたくしを見捨てたかと思ってましたわ」
王女の台詞に、騎士団長はそんな事はないと手を振る。
「姫様が、十日も行方不明になれば、その間に相続人としての地位の停止。王妃殿下は、そう考えておられたのでしょう。それと、王陛下は、誓ってこの企みには参画しておられませぬ」
その言葉に、王女は嬉しそうに頬を崩した。
「ただし、まあ。十日めあたりで救い出せと。その何ですな、ビンチは大年寄りですし、姫様の貞操も心配なかろうと」
セクハラ紛いの事を王女に伝えて、騎士団長は豪快に笑い飛ばした。
話を短くまとめるとこうだ。
王陛下は、妻も怖いが娘も可愛い、王妃の顔を立てつつ王女も取り返したいと。
「国を導く王陛下としては、いささか弱気でございますな!」
最後に付け加えられた騎士団長の一言に、みなで大きく頷いた。
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