第38話

 昼から夕方まで寝た。

 明け方まで激戦だったうえに朝風呂、しかも高原地帯で北の外れ。

 夏だというのに心地よい気候で、夢も見ぬ熟睡だった。


 夕食の前に人が呼びに来て、生き残った十六人が一つのテーブルに付いた。

 女性達は、普通の村娘の衣服に着ている、他に着替えが用意出来なかったのだろう。


『カテリーナ様のこのような格好が見られるとは』と、兵士が泣いて感激する。

 王女と同席よりも、スカート姿の女騎士の方が胸を打つのか。

 ルシィは、まったく変わり映えがしなかった……。



 食事の後に、これからの話になった。

 兵士達は一礼して下がり、代わりに到着していた護衛隊長と家宰が入ってくる。

 魔法があるとは言え、情報の伝達は遅く、王都や宮殿の様子までは分からない……。


 大トンネルを作り、賢王とまで呼ばれたテオバルド王は、スフォルツァの王妃と軍師役の大魔導師ビンチに支えられていた。

 ベアトリーチェ王女の側に侍るスフォルツァの騎士はともかく、魔術師ルシィにその役割は無理だよなあ、と眺めていたが。


「サガさんに聞いてみたらどうですか? 物知りですし、機転も効くし、本当に頼りになりますよ!」

 ルシィが無邪気な笑顔で提案した。

 みんなの瞳が一斉に集まる、しかも割と期待されてる感じだ。


 やめて下さい、政治や王宮の権謀術数なんてまったくの門外漢。

 地球の歴史では、王家は民衆に倒されるか、権力なんて無くなってますが。

 しかし、民衆の力か……。


「えーっと、王女殿下にあらせられましては……」

 くすくすとベアトリーチェが笑う、カテリーナも苦笑いだ。

「ベアトリーチェと呼んでくださいね。そんな畏まった言い方では、わたくしも困りますわ、サガさん」


 はあ、そう言うものでしょうか? 護衛隊長も家宰も口を挟まない。

 この時は知らなかったが、貴族や家臣以外が王族に直接話しかけるなど、本来はありえないそうだ。

 必ず誰かが取り次ぐのが決まりだ。


 だが、王女が許すなら、それを周りが『無礼者!』などと言ったりもしない。

 厳格な階級制度が色濃く残る世界。

 実は、聖職者や医者、それに魔導師はその枠外だとか。

 神や魔法に仕える特別な技能者だからだが、ルシィのは天然だろうな。


 話を続けることにする。

「ベアトリーチェ様の人気を利用するのです。王妃の企みで危機に陥ったが、忠勇な部下と共に大魔導師とドラゴンを屈服させた英雄として、大衆人気を利用しましょう」


 自信満々だったのだが、王女も周りもピンと来てないみたいだ。

 王宮での出来事に、民衆など何の役に立つのかと言った具合か。

 ただ、年長の家宰だけは、何やら思い当たることがある様子だった。

 その家宰が問いかけてくる。


「それは、王都や国中に此度の噂を流すと言うことでしょうか?」

 短い質問に俺が頷くと、家宰が王女へ向き直って言上した。


「これ以上は、ここで議論すべき事ではないと存じます。至急、アグレスへお戻りあそばせ、そこで仔細を詰めるがよろしいかと」

 何処でスパイが聞いてるか分からない、そう言いたいようだ。


 王女達は良くわからないと言った顔だが、家宰に従うことになった。

 家宰は、俺とルシィとイリスにも、丁寧にアグレスまでの同道をお願いして回ると、準備がございますのでと部屋から出て行った。


 フェアンへ戻って、それから自分の世界に帰るのは遅れるが、まあ仕方ない。

 この辺りの特産だと言う、コウゲンブドウの酒を飲み干した。



 翌朝、日が昇る前に出発する。

 用意出来たのは荷車だが、毛皮を敷き詰めて女子三人と俺が乗る。

 王女は馬に乗れるそうだが、カテリーナに止められた。

 この世界の読み書きはルシィに習ってるんだが、今度は乗馬も習うか。


 ありったけの替え馬も用意して、許す限りの速度で南へ。

 ルシィがお尻が痛いですと言い出す頃には、迎えの馬車に合流できた。

 騎乗の者だけを率いて、更に急ぐ。


 道中で一泊して、アグレスの門をくぐる。

 やっと着いた! 揺れない地面だ!

 たとえ魔法で軽減しても、固い車輪で飛ばせば乗り心地は悪いしうるさい。

 ゴムのタイヤとサンスペンションって、偉大な発明だったんだなあ……。


 城の大浴場で、疲れを落とすことになったが……メイドが数人着いてくる。

 タオルを持ってお背中をは、伝説ではなかった。

 いやいやいや困る、何が困るって、一瞬何故かルシィの怒った顔が浮かんだが関係ないだろう、自分で出来るからと引き上げてもらった。



 城内に場所を移して、作戦会議が再開する。

 母上も本人も人気があり、今回の実績を手に凱旋するのは、とても良い案だと思うのだけど。


「セヴェリーニ、説明を」

 王女が家宰セヴェリーニに、説明を促す。

 家宰は代々、ベアトリーチェの生母の家に仕える生粋の腹心だそうだ。


「サガ様のご提案は、かなり魅力的なものでございます。何よりもベアトリーチェ様は、大変国民から愛されてございますゆえ。ですが、民衆の力を背景に王位につかれますと、民衆が王陛下を選んだという悪しき先例になる恐れがございます。何卒、ここはご慎重に判断頂きたく」


 ああ、そうか。

 神聖不可侵の玉座に、民草や議会が口を出す。

 王女に仕える忠誠無比な臣下にとって、見過ごす事は出来ないと。


 家宰の話は、説得力があった。

 凱旋将軍の様に王都の住民を味方に付けて、その歓声の中で王宮に乗り込む、ちょっと見てみたかったなあ。


 ベアトリーチェは少し悩んで、カテリーナとルシィを交互に見てから言った。

「その程度、気にするに及びません。やってやります!」


 王女の乱暴な言い方に、家宰は顔をしかめて、ルシィは拍手をした。

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