第37話
日は昇りきっていた。
納得いかぬ表情をしている者も居るが、助かったと言う思いが強い。
全員が、生きて戻れるのだから。
骨折した者も居たが、大魔導師の餞別で既に治りかけている、ただ打ち身や打撲はそのまま、服も髪も砂や汗でぼろぼろ。
戦いの最中で散り散りになり、残った馬は僅かに六頭、俺の自転車は無事だった。
少女三人と足を折った者と武器を乗せ、街道の方角へ向かう。
雲を突き抜ける北の大山脈の麓、街道の終点にある小さな村へ。
山賊かと見間違えられそうな集団だったが、村長らしき人が話を聞きに出てきた。
カテリーナの容貌と、いまだ輝きを失わない騎士の鎧がものを言った。
「ドラゴン、でございますか? そう言えば三日ほど前ですか、子供たちが見たと騒いでいたような」
「そうだ。討伐にきて、何とか退けた。宿はあるか? 借り受けたい」
「名産の温泉宿が幾つかございますが……」
村長はそう言って、ちらりと後ろの俺達を見る。
「カテリーナ、これを」
ベアトリーチェが馬上から指輪を外して渡す。
大きな蒼い宝石の付いた黄金の指輪、宿代どころか宿ごと買えそうだ。
受け取った指輪を、しげしげと眺めたいた村長が驚いてカテリーナに聞いた。
「お、恐れながら、御名が刻まれてございますが、これは」
「そう言うことだ。すまぬが、明日には本隊が来よう。支払いはそれをあててくれ」
「いえ、滅相もございません。すぐにご用意致しますが……?」
「そうだ、内密に頼む」
村長は指輪を返そうとしたが、ベアトリーチェは『構わぬ』とカテリーナに告げる。
カテリーナは、村に何かあった時に役立ててくれと、訳した。
村長を先頭にして、一軒の宿に入る。
何事かと出てきた主人に、村長が大慌てで事情を伝える。
よく分からないが、大事な客だとは伝わったようで、無事に貸し切りとなった。
二階に女性陣、一階に兵士と俺、何故だ。
湯に浸かって休んで寝ろと言われたが、兵士は交替で歩哨に立つ。
二階へ続く階段の下に常に二人、本当に頭が下がる。
温泉へ行くと、数人の兵士と一緒になった。
みな若く、日に焼け、よく鍛えあげた肉体を持ち、精悍で忠誠に溢れる戦士達。
冒険者や傭兵もこの世界には居るが、集団戦で国軍に敵うものは無いそうだ。
湯は、露天風呂だった。
大きな山脈に挟まれたこの高原地域は、自然と雨は少ない。
だが地下水は豊富で、山脈から途切れることなく供給される、その山を造りあげたエネルギーが合わさりこうして湧き出す。
『サガ殿、さあどうぞお先に』
王女の客分で、共に戦った俺に、最大限の敬意を持って接してくれる。
お背中を流しましょうかとも、その文化もあるんだ。
温めの湯がしみる。
気付いてなかったが、小さな傷や打撲が体中にあった。
兵士達の顔は総じて明るい、倒せはしなかったが、絶望的な相手から王女を奪還したのだ。
褒美だって出るだろう、田舎の話をする者、恋人の話をする者、カテリーナ様の指揮を受けて感激した者、様々だ。
突然、『きゃー!』っと嬌声が聞こえた、温泉の衝立の向こうからだ。
全員が一斉に息を殺し気配を消す、完璧だ、どんな魔物からだって隠れるだろう。
「うわー! 広い!」
「温泉、初めて」
「わたくしも露天は初めてです」
「ほら、騒ぐでない」
「はーい!」
三人の返事が綺麗に揃う。
「カテリーナ、痣が……」
「平気ですよ、じきに消えます」
「綺麗な肌なのに……何時もありがとうね」
「ほんとに白くて綺麗! 日焼けしないんですか?」
「ラミアの魔法薬があるからな」
「それに大きい」
「こら、何処を見ている!」
屈強な兵士達が筋肉を震わせ、泣いている……それほどか?
君たちはまだこれからだ、カテリーナって恋人は居ないの? 定番の話が漏れ聞こえる。
恋人の質問に答える前に、カテリーナが大きく咳払いをした。
「そこの諸君、そろそろ上がりたまえ」
湯を蹴散らして慌てて走る、ドラゴンから逃げる時よりも必死で。
えー! わー! きゃー! と、叫び声が後を追ってきた。
午後には、先遣と思われる騎兵が村へ着いた。
ありったけ、と言っても諸侯でなく王族のベアトリーチェが抱える兵は少ない。
護衛の百名ほどが北上しつつあり、更に近隣の諸侯へ援軍要請は出すか、との事だった。
馬車だけ送って、あとは最小限にせよと命令が下った。
この状況で兵を集めれば、叛乱と吹聴されるかも知れない。
まずはアグレスへ戻り、それから王都へ。
本当の敵は、宮殿に居る。
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