第46話


「大丈夫?」

 そばに来たアデリナが、手を貸してくれた。

「とんでもないのを造り出したわね、彼女」


 ルシィが命名したポンペイ二世は、このドームに頭がつきそうだ。

 見張っていた手下は、バルコニーから慌てて逃げ出す。


 セベクは掴まれた腕を外そうと、おのれの胴体ほどもあるゴーレムの上肢に噛み付くが、大地の精霊を宿すそれは僅かに削れるのみ。

 甲高い鳴き声と共に暴れていたが、遂には抱え上げられてしまう。


「どうしましょう、これ?」

 ゴーレムのあげた土煙から、ルシィが出てくる。

 格好いい一幕になるはずなのだが、ルシィの顔も髪の毛も、土埃で真っ白に。

 大きな目だけが浮き上がって、まるで……。


「タヌキみたいね」

 アデリナが大声で笑い、この世界にもタヌキが居るんだと釣られて笑う。

「そっちに投げますよ!」

 十七歳の乙女に、タヌキは禁句だったか。


 屋敷の図面を取り出し、造りを確認したアデリナがいった。

「あの見張り台のある壁を、ゴーレムで破壊してくれる?」


 セベクの腕と尻尾を掴んだまま、ゴーレムは肩から壁に突進する。

 張られていた結界が数瞬だけ耐えたが、パリンと音を立てて壊れ、そのままバルコニーを押しつぶして壁を砕く。

 圧倒的な力で、プリンでも崩すように巨体がめり込んでいき、突き抜けた。


 崩れた壁の向こうは、広い空間で、最初の印象は理科の実験室。

 数名の男どもが右往左往しているが、決定的に違うのは床に描かれた赤い魔法陣。

 衝撃で釜が一つ倒れ、赤い液体が流れ出していて、独特の匂いがする。

 これは、血の匂い。


 まさかと思いアデリナを見るが、表情は固く何も読み取れない。

「ルシィ、このゴーレムに私の命令も聞くように出来る?」

「それは、簡単ですけど……」

「お願い」


 設定はすぐに終わり、それを確認したアデリナは『ありがとう』と言うと。

「ゴーレム、そのセベクを、奴らに投げなさい」

 逃げ惑う男達を指差し、命令した。


 尻尾を含めれば五メートル以上あり、ゴリラのような分厚い胴体を持つ怪物が軽々と飛ぶ。

 血の魔法陣を作り操っていた男たちが慌てて逃げ、その真ん中に体を捻って着地した。

 セベクはすぐには行動を起こさず、ゴーレムから目は離さずに、圧倒的な強者の動きを見つめる。


「ゴーレム、この魔方陣を壊しなさい。徹底的に!」

 アデリナの声には、強い感情が籠もっていた。

 ゴレームは両腕を叩きつけ、大地ごと魔法陣を破壊する、断末魔のような閃光を発して魔法陣は跡形もなくなった。


「引きましょう。まだやって欲しいことがあるの。ここは、あいつらが連れてきたアレに任せましょう」

 壁の大穴から、またコロシアムへ戻る。

 後ろでは、ゴーレムが見えなくなると同時に、男達の悲鳴が響き渡った。


「ごめんね」

 アデリナは、ルシィとゴーレムに謝った。

「人の血で生成した魔法陣、あれは人の心を操るもの。たぶん、この国の王の心を、王女から離す為のもの」

 ルシィも俺も息を飲む。


「なら、ビーチェちゃんが王様に避けられてたのって!」

「そうね、きっとあれが原因ね」


 王の王女への不信を増大し、北の大魔導師に王女を誘拐させて、救助も遅らせて王位争いから脱落させる。

 ついでに、魔法使いへの敵意も煽り、この国での教会権力を盤石なものにする。

 全部、ここのオルシーニが描いた絵図だったわけだ。

 

 釈然とせぬ、悪意の大きさに気分が落ち込む。

 ルシィも黙ったまま、アデリナの仲間や友人は、あの魔法に使われたのかもしれない。

 何か声をかけようと決心したが……彼女の方が早かった。


「ありがとうね。二人のお陰で助かった、巻き込んだとも言うんだけど……」

 そんな事はない! と二人揃って首を振る。

 その様子に、少しだけ笑ってくれた。



「ゴーレム、こっちの壁を壊して。そうゆっくり慎重にね、まだ助けられる人が居るかも」

 ゴーレムは命令に忠実に従い、俺とルシィは顔を見合わせた。

 残酷な陰謀の中での小さな希望、怒り以外のやる気が出てくる。


 俺の世界へ繋がる魔法陣も探さないといけないのだが、人の命には代えられない。

 壁の穴の向こうは、暗かったが……人の声がする。

『なに?』『誰なの?』と呼びかける声と、泣き声が。

 壁一枚隔てた隣で、これだけ暴れたんだ、怖かったろう。


 ご丁寧にも、お約束通りの地下牢だ。

 ゴーレムが指先だけで檻を壊して周り、出てきたのは若い女性ばかり五人ほど。

 オルシーニに呼ばれた娼婦なのか、全員が金髪だ。


「これで全員? もう他に居ない? そう……」

 確認したアデリナがほんの少し落ち込んだ、友達は居なかったのか……。


「こっちの階段から、逃げましょう!」

 降りてきた、罠だらけの階段をルシィが示す。

 任せてくれ、また盾になりましょう。

 逃げる前に、アデリナがラミアから貰った連絡用の魔法の球を取り出した。

 同じ様なものをもう一つ。


「一つは王女殿下の騎士に、もう一つは教会の異端審問部の実行部隊に繋がる。これでもう、隠し立ては出来ないわ」

 アデリナは、二つの球を地面に投げつけて割った。


 階段の出口まで囚われていた女性達を連れていき、ここで待つようにと伝えた。

 外は危なすぎる、じきに助けがくるとも。


 急いで階段を戻ると、コロシアムにはセベクがいた。

 大きな口と、両腕にも餌を抱えている、あの部屋に居た男達。

 セベクは、こちらを見向きもせずに、出てきた穴へと帰っていった。


 セベクの巣へ繋がる穴は、とりあえずゴーレムに埋めさせる。

『あの子、どうなるんでしょうね』と、ルシィがぽつりと呟いた。


 完全に破壊され、セベクの狩りの跡が残る部屋を抜け、先へ進む。

 ただゴーレムに、ここからの地下道は狭すぎて通れない。


 行き止まりの大きな扉の前まで来て、ルシィが自分の作った魔法陣の気配を感じ取った。

「この中です」

 きっと、奴もここだろう。

 この騒動の、最後の戦いが始まる。

 

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