第34話
「まさかあんな威力になるとは」
「今のならドラゴンも倒せますか?」
「無理。杖のマナを使い切ってる」
そんな訳で、逃げることにした。
二人乗りの四騎を中心に隊を組むが、暗闇を切り裂いて馬を走らせ、とはいかない。
馬上からだと地面も見えず、馬任せで進むしかない。
歩くよりはずっと速いが、とてもドラゴンを振り切れる速度ではない。
館の上に現れたドラゴンは、一つ遠吠えをしてから飛んできた。
ちらりと振り返ると、星空に浮かぶ赤黒いシルエットがぐんぐん近づいて来る。
これは無理だ、策もなしにとても逃げ切れない。
王女を抱えて馬を駆るカテリーナが、一騎を指差した。
その一騎は頷くと、隊から離れて松明に火を付け、あらぬ方向へ。
囮か、それにしても非情な作戦だが。
迫ってきていた風切り音が離れていくが、次の瞬間に大気の弾ける音がして、松明が吹き飛んだ。
ドラゴンの魔法かブレスか、王女が居ないと分かると容赦しないようだ。
カテリーナが、次の一騎を指名した。
王女が、やめて! と叫んでいる。
兵士は王女に一礼すると、制止の声を背に松明を掲げて列を離れる。
数百メートルも行かぬ内に、轟音と共に炎が消えた。
次の指示を出す前に、カテリーナの馬が大きくよれる。
王女が強引に手綱を奪う。
十騎になった集団は進路を変え、救出前に潜んでいた森へ突き進む。
森に入ったとこで止まった。
王女が真っ先に飛び降りた、怒っているのが闇の中でも分かる。
「カテリーナ!」
王女の怒りに、一人の兵士が代わって答える。
「殿下。皆で話して決めたことです。ああして街まで逃げ延びれば、直ぐに援軍が参ります」
「街まで!? わたくしに国民を盾にしろと言うのですか!」
ですがと、口を開いたカテリーナを王女が遮った。
「剣を」
側の兵士に手を差し出す。
「大丈夫です、自害などしません」
受け取った剣をすらりと抜いて、王女は宣言した。
「ここで戦います。我が王家の始祖、竜殺しのガレアッツォの名において、一人逃げ帰るなど許されません」
もちろんカテリーナは納得しない。
「ベアトリーチェ様、ならば私がこの森で防ぎます。せめてお味方が来るまで、お隠れを」
王女は、この状況でも笑顔をつくった。
高貴さと優しさの混じる、十五歳の少女とは思えない微笑みだった。
「わたくしが、姉のように慕うあなたを置いて隠れるとでも? カテリーナ、その方らも、この忠誠は生涯忘れぬ。わたしと共に、戦いなさい」
その言葉に、カテリーナも兵士も馬を降りた。
森と言うよりも、数十本の木が集まっただけの雑木林で、ベアトリーチェは兵士全員の名乗りを受けた。
「ルシィ、サガ殿、イリス殿。貴方がただけでも、落ち延びて頂きたいのですが……」
「一緒に戦おうね、ビーチェ」
「ルシィなら、そう言うと思って」
「魔導師の不始末は協会の責任。仕方ない」
やる事は決まった。
残った一つのリュックから、道具を全て取り出す。
ワイヤーロープ、小型のガスボンベと酸素ボンベ、缶用の穴あけ機、ボウガンの矢だけ、スタンガンにドローン。
ルシィの家から持ってきたランプとマナの宝玉、これで杖にマナを充填出来るはずだ。
他に、花火や結束バンドなんかもあるが、さすがに通用しまい。
ドラゴンは、この雑木林の上を悠々と周回している。
木々の間に降りてくれば、戦いようもあるのだが、空に居られると手も足も出ない。
まだ姿の見えない大魔導師が来る前に、あれを地面に叩き落とさなければ。
定石では、宝石なり酒なりドラゴンの好物でおびき寄せて、槍や弓で翼を傷つけ飛べなくする。
しかし、ここでのドラゴンの狙いは王女なんだが……
カテリーナは反対したが、王女がやると押し切った。
王女を囮に、地面か低空まで降りて来てもらう。
そこで足を止め、ドローンを後ろに回して……と。
露骨な罠だが、ただの飛竜相手なら通用するかもとイリスが言う。
もっと賢く、強大なドラゴンだってこの世界には居るらしい。
無線機を付けて、ランプを持った王女が一人、雑木林を出る。
タイミングが重要になる。
ランプを置いて数歩下がる。
ドラゴンは、いきなり王女を攫うなどせず、地面に舞い降りた。
ランプを挟んで対峙する王女と竜、物語の一幕のようだ。
『そのまま、もう少し』と、無線に話しかけながら、ドローンを操る。
ドローンが吊るすのは、ガス缶六本と酸素缶六本、それに穴あけ機と火の精霊。
火で炙ったところで容易に爆発なんてしないが、穴を開けてやれば別だ。
穴あけ機は、イリスの魔法で起動する。
慎重にドラゴンの後ろへ……だが、ドラゴンがドローンの方へ首を回す。
まずいな、気付かれたのか。
かぱっと口を開いた、気付かれてる!
『なんとか、気を引いてください!!』無線に呼びかける。
ドラゴンを見つめていた王女は、大きく振りかぶって。
「こっちを見なさい!」
手にしていた剣を投げつけた。
剣は、くるくると回ってドラゴンの頭に当たった。
カチンと金属の跳ねる音がして、ドラゴンが向き直る。
「いまだ!」
ルシィが、自分で作った魔法のランプの明かりを全開にした。
以前経験した通りに、凄まじい明るさだ。
同時に王女は後ろへ飛ぶ、カテリーナが走っていって覆い被さる。
視界を奪われたドラゴンは、怒りの咆哮をあげたが、もう遅い。
背中、翼の近くまで飛んだドローンが、大爆発を起こした。
ドラゴンを飲み込むほどの火球が生まれた。
衝撃は木の幹を揺らすほどだ。
幾ら弓矢に耐えようと、音速を超える破片は耐えられまい。
次に出た咆哮は弱々しく、仲間を呼ぶ獣のそれだった。
ルシィが杖を構えて詠唱する。
断崖の時と同じ魔法、トドメにこれをぶち当てれば……
目には見えないが、ルシィの魔法は確かに発射された。
だが、ドラゴンには届かなかった。
「なかなかやるのう、おぬしら」
ドラゴンの真上に、北の大魔導師が浮かんでいる。
大魔導師の杖の一振りで、ルシィの魔法は消え去っていた。
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