第32話

 敵を知る為に、イリスから聞けるだけの事を聞く。

 だが、大魔導師とそのドラゴン、正面から戦って勝つのは無理だと。


 あれに通用しそうな、ライフルや爆薬、強い酸や液体窒素とか毒薬。

 そういった物は、日本では買えないか、買うにも扱うにも資格が要る。

 ギルドの代わりに国家資格、余り変わらんなあ。


 それでもイリスは、半分に割った水晶玉を持っていて、魔法協会と連絡が取れた。

 大魔導師の居城の場所と、様子くらいは分かった。


 断崖に囲まれた大きな館か小城といったつくり。

 侵入すれば直ぐにバレるし、番犬代わりの獣か魔物も居るらしい。

 どうしたものか……まずは、救い出す方針で準備をする。


 ザイル、カラビナ・ハーネスやストラップに滑車まで。

 こんなとこで、高校での登山部の経験が役に立つとは。

 小さい頃、親父の山登りが趣味で、何度か一緒に行ったこともあり、その流れで登山部に入ったことを思い出した。

 道具いじりばかりで、ろくに活動してなかったけど。



 イリスが、魔法陣から戻ってきた俺を指さして言った。

「それです」

 どれですか。


「貴方の体。マナが無い今の状態なら、気付かれずに侵入出来ます」

 ああ、ルシィもそんな事を言っていた。

 家に入ってきた、人の持つマナに反応すると。


 魔法のセキュリティの裏をかいて、二人のとこまで辿り着ければ、あとは逃げるだけ。

 ついでに、家に火でも放ってやろうか。

 少しだが、光明が見えてきた。

 それ以外にも、役に立ちそうなもの、よく分からないものまで買い揃えた。


 一晩休んでから、自転車を走らせる。

 大きな登山用のザックを、イリスが背負い自転車のカゴにも縛り付けた。

 軽量化の魔法がなければ、とても漕いではいられない。


 昼過ぎまで走り、ようやく大魔導師の居城が見えてきた。

 どうなってるんだ、あれは。

 周りを堀のように断崖絶壁が取り囲み、数メートルほど浮き上がるようにして、中に地面と屋敷がある。

 円形に掘って、真ん中だけ盛り土したような地形だ。


 あまり近づくのも良くない。

 離れた場所で自転車を停めると、農民風の男に声をかけられた。

「おい、こっちだ。こっちへ」

 何処かで見たような……先行した兵士の変装だった。


 付いてゆくと、ぎりぎり屋敷が見える森の中へ案内された。

 カテリーナと、他の兵士達も居る。


「来たのか」

「もちろん」

 ぽんっと自転車のサドルを叩く。


 小さな自転車を見て、兵士たちが笑い出す。

「これは小さな馬だな」

「銀色の骨に乗った騎士とは、前代未聞だな」

「貴公の勇気に敬意を」


 カテリーナが、作戦を教えてくれた。

 昨晩偵察を終えて、明かりの点いた場所は三ヶ所。

 今夜、調達したハシゴで断崖を超え、それぞれを三隊で目指す。

 王女を救出した隊は速やかに引き、残りの二隊は灰と油で屋敷に火をかける。

 要するに、強行突入だ。


 ちょっと待って欲しい、気付かれずに侵入出来るかもと伝えた。


「一人なら、探知される事なく侵入出来る」

「しかし、君一人に任せる訳にはいかない。失敗しても分からないのでは」

 そこで、これ。

 携帯無線機、一晩くらい余裕で持つし、ヘッドセットでハンズフリーの優れもの。


「連絡が途絶えたり、駄目だと分かったら、突入してくれれば良い」

「だが脱出はどうする?」

「このロープと、ハーネスベルトと滑車で」


 固定出来るか心配だったが、屈強な兵士が十ニ人も居れば余裕だろう。

 幸い、向こう側にはおあつらえ向きの大木まである。

 ハシゴより、ずっと早くて安全だ。


 俺とイリスと、十一人の兵士が、カテリーナを見つめる。

「分かった。サガ、救出は君にお願いする」

 任されましょう。


「撤退は、我々が受け持つ。いや、奴の狙いはベアトリーチェ様だ。君たちは何処かに隠れてくれれば良い。ありがとう、感謝する」

 どうかな、あのドラゴン相手にやり過ごせるかな。

 その為に、色々と持ってきたんだが。

 第一、あのルシィが大人しく隠れて、友達を見捨てるはずがない。


 日が沈むのを待って、行動を開始する。

 目的の大木の対岸だ。


 ザイルを引っ張り出して、ドローンに結びつける。

 会社が潰れてから暇だったので、取ってみた操縦資格だ。

 静かに、ぐるっと樹を周って戻ってくる。

 ザイルにカラビナを付け、俺と荷物をぶら下げたまま引っ張る。


 力仕事だが、流石は王女の護衛兵。

 この重労働を声も出さずに成し遂げた。


 リュックを背負い、暗視スコープを着け、ボウガンを持つ。

 全て俺の世界の物、こちらの世界の物は、マナがあるので使えない。

 試しに無線機を使っておいた。


「あーテステス、テスト。カテリーナ、聞こえますか?」

「テス? 何か出たのか? こちらはよく聞こえるぞ」

 よし、行こう。


 低い塀を乗り越え、明かりの漏れている三ヶ所へ。

 一つ目は、書斎のようだが中に人の気配はなし。

 二つ目、二階だ。

 出窓があるが、そこまで登るには……折りたたみはしごと、フックをかける伸縮棒。


 音を立てないよう、慎重に登って、色付きガラスから中を除く。

 くそ、誰かいるみたいだが、はっきり見えない。

 聴診器を取り出す、ド◯キは何でも売っている。


 声が聞こえた、聞き慣れたルシィの声、間違えるわけがない。

 コンコンと硝子を叩くと、気付いてこっちへ来た。

 このガラスが頑丈で開かないらしい。


 冷却スプレーと携帯バーナー。

 一面を冷やしてから炎で炙る、千度を超える高温だ、これに耐えるガラスなどない。

 バキバキと、一面にヒビが入ったが、割れ落ちる気配がない。

 これは、魔法で強化されてるのか?


 下がってと、ルシィが合図する。

 次の瞬間、ルシィの魔法の杖がガラスを突き破った。


 ハシゴがあると言おうとしたが、中からシーツかカーテンで作ったロープが投げ出される。

 ついでに火かき棒と、椅子でも砕いたのか木の棒が一本、投げ落とされた。

 魔術師と王女は、自作のロープを伝って素早く降り立つ。

 逃げる気満々だったんだな、この二人。


「サガ!」

 飛びついてくると思って、両腕を広げたのに、次に出たのは。

「変な格好」

 そりゃ、額に暗視スコープ、全身ピチピチの黒ずくめ、背中にはリュック。

 おかしな格好ですけどさあ……


「ありがとうございます」

 王女は、笑顔で礼を言うと、地面から火かき棒を拾い上げた。

 絶対に、老魔導師の言いなりになる娘ではない、諦めてくれないかなあ。


 今の騒ぎで、庭がうるさくなってきた、無事に逃げ切れるとよいが。

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