第31話 ルクレツィア・リコットその3

 サガヤさんとやらは、思ってたよりも良い人だった。


 体が縮んだり、マナが抜けたり、マナが無いのには驚いた。

 魔法以外の術を使って発展した世界。

 それは、光が多く色彩やかでうるさくて、とても美味しかった。


 杖も置いて行くのは、とても不安だった。

 杖さえあれば、魔術師の力が使えるけれど、もし手放した状態で売り飛ばされたらどうしよう。

 最初は警戒と不信があったけど、次から次に差し出される美味しいものに、あっという間に薄れてしまった。


 体が小さくなったのもあって、お父さんと市場や祭りを楽しんでる気分。

 お父さんて言うと、ショック受けそうだから言わないけど。

 やっぱりサガさんは良い人かもしれない。



 翌日は、食べすぎで寝込んでしまった。

「大丈夫?」と聞かれたが、体の調子が……と答えておいた。

 大食い魔術師なんて洒落にならない、病弱可憐な乙女を演じるべき。



 それにしても、サガさんの持ち込んだ品々はあっさり売れた。

 これはチャンスが来たかも!


 魔法使いの世界はそこそこ厳しい。


 魔術師になるには数年の修行で済むけど、魔導師の試験はとても難しい。

 魔術師になって三年で試験は受けれるが……十年目までは本当に難しいのだ!


 魔術師で十年頑張ると、点数が加算される。

 ちなみにラミア姉さまは五年目で受かった、もう一人の姉弟子は七年目。

 わたしは十四で魔術師になって、三年目の今年、アグレスまで受けに行ったが……

 評価は全て不可。


 十年目まで、この街で頑張ります。


 ただ、十年も待つと、わたしは二十四歳になる。

 やっと一人前になってそこから数年頑張って、結婚となると……やばい。

 十代で結婚も当たり前なんですけど。


 早く受かるには、魔法の勉強を進めねばならないが、素材も教材もマナも滅茶苦茶高いのだ。

 交易商人以外で、日常的に金貨を使うのは魔法使いと両替商くらいなもの。


 それを一足飛びに、資金稼ぎ出来るチャンスがきた!

 はいはい、王都でも何処でも案内しますよ、良い人っぽいから大丈夫でしょ!



 王都では、素敵な出会いがあった。


 あらかわいい。わたしより少し下かしら。

「あなた、お名前は?」

「ベアトリーチェです」

「ルシィって呼んでくれる?」

「私も、ビーチェと呼んでください。お母様以外で、そう呼んでくれる人が居ないの」


 同世代のお友達が出来る気がした。

 もうすぐフェアンに帰るけど、また会えたら良いなあ……



 なんと、フェアンへの帰り道で再会できた。

 どうしよう、急に態度を変えるのと、慣れなれしく呼ぶの、どっちが失礼かしら。

「二人きりの時は、ビーチェと呼んでくださる?」


 そうしてわたしとベアトリーチェは、まだぎこちないけどお友達になった、と思う。


 え? サガとわたし?

 興味津々でビーチェが聞いてくる。

「別に、結婚もしてないし付き合ってもないよ!」

「えー、仲良さそうに見えたけどなあ」


 靴を脱いで足を伸ばせるほど広く、揺れも騒音もほとんどなく、お菓子や飲み物も常備された超高級馬車。

 その中での会話は、普通の女の子と変わらないもの。

 ビーチャの口調も、思いっきり大雑把なものだった。


 こんこんと、ビーチェが硝子を叩くと、一部が透明になる。

 外からは見えない、魔法の硝子だ。


「ほら、カテリーナと仲良く話してる。良いの?」

 良いもなにも、サガはとても良い人なんだけど、本当に良い人っていうか。

 それだけではね?


 そんな楽しい旅は、急に終わりを告げた。

 魔法でも吸収出来ないほどの衝撃と、大音響。


 私達が気絶することはなかったが、助け出そうとした御者さんは倒れた。

 覗き硝子からは、周りのみんなが戦ってるのが見える。

 サガも、戦う気だ。

 馬車の扉も窓もびくともしない、強力な魔法で全体が覆われている。


「ルシィ、ごめんね」

 ビーチェは謝ったけど、泣きもしないし叫びもしない。

 こんな時に、こんな時だからこそか、凛として逞しくさえ見えた。


 わたしだって、立場は違えどビーチェよりお姉さんで、魔術師だ!

 杖のマナを集中させる。

 より強く集中させれば、一点くらい破れるかも知れない。


 パリンと、小気味よい音とともに硝子が砕けた。

 ここから何とか!

 外を見回すと、サガと目が合った気がした。

 わたしのお尻が通るか分からないが、細いビーチェなら抜け出せるはず。


 しかし、次の瞬間、わたし達は大空の中にいた。

 凄い速さで飛んでいる。

 前方には、『白い峰々』とだけ呼ばれる、大山脈が近づいていた。

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