第30話

 寸刻を争う状況だったが、カテリーナ達は、入念に準備をして出発した。

 そこで役に立ったのが、イリスだった。


 カテリーナを除く、十一名の鎧に、竜の咆哮にも耐える魔法を施す。

 あれは、音にマナを載せて威嚇する、魔法みたいなものだそうだ。

 剣も武器も強化して、他の魔導師がマナを籠めて回る。


 カテリーナの鎧と剣は、イリスの使える魔法以上の逸品だそうだ。

 例の眼鏡を取り出し、カテリーナの鎧を見つめては。

「二層式汎用防御の軽甲冑、自律展開で自動防衛、軽量化と予備の魔力増槽付き。この上ない」

 恍惚の表情で鑑定していた……


 馬は速いが、何時間も走らせると、乗り手も馬もただではすまない。

 例え振動や重量を軽減する魔法をかけても、慣れてなければ無理だ。

 それでもカテリーナ達なら、馬を代えつつ二日もあれば辿り着くだろう。


 残された護衛隊長と兵士達も、すでに走り出していた。

 アグレスへ行けば馬がある、後を追う気だ。


 家宰に、俺の馬車と荷を頼む。

 イリスが自転車も強化する、ついでに荷台に敷物をひいて、二人乗りの準備も万端だ。

 異世界でニケツ、こんな経験をした奴もそうは居ないだろう。


 行け、マイチャリオット! ペダルを踏み込んだ。

 これは速い! 全体が軽いのかぐんぐん加速する、揺れも少ない。


 あっという間に護衛隊長の一団を追い越した。

 すれ違う人達が驚いて指をさす。

 小型自転車の限界で漕ぎ続ける、アグレスがもう見えてきた。


 街中は自転車を押して歩く、そのついでに色々と話しを聞いた。

 そもそも、何故あそこに居たのかと。


「私はアカデメイア――魔法の中央協会――から派遣された。マエストロと呼ばれる、五大魔術師の一人がいきなり離脱届けを出したから」

 大魔導師ビンチのことか。


「情報を集め、可能なら尋ねて事情を聞く。それが役目だったが、あんな事を」

 それは、魔法使い的にもマズイ事なの?


「もちろん。精霊の巨匠は高名で有名。魔法使い全ての評判が下がる、そしてそれを望む者も居る」

 まさか、ひょっとして……

「そう。王妃の後ろに居るのは、たぶん王都の枢機卿。王女を継承位争いから下ろし、魔法使いの悪評を立てる。一石二鳥」


 継母の王妃と教会とは、黄金タッグじゃないか。

 到底、勝てる気がしない。

 いや、俺は最悪でもルシィさえ取り返せれば良い、だが王女はこれからどうすれば。


 人の良さそうな王女と、カテリーナの顔が浮かぶ。

 国王はそれで良いのだろうか、約束があったとは言え、王女を百歳も超えた魔法使いに差し出すなど。

 考え込んでいると、イリスに袖を引かれた。


 マナを補給したいそうだ、ついでにお金は無いと。

 そういえば、王都でバイトをしていた、まさか無一文で来たとか?

「何処かで財布を落とした」

 イリスは、表情一つ変えずにそう言った。


 十一人分の武具や、自転車にも魔法をかけてくれた。

 確かに、マナも尽きるだろう。

 杖に満タンで金貨が八枚だった、高いなあ。


 水や食料も買い込んで、果物をかじりながら歩く。

 日が落ちるまでに、フェアンは無理でも、その手前までは行きたい。


 日が暮れれば、この世界を走るのは無理だ。

 月と星の僅かな明かりしかなく、白兎でも隠せそうな闇夜になる。

 それに、魔法で軽量化しても、自転車を漕ぐのは重労働だ。


 人混みを抜けてからは、進めるだけ進み、付近で一番大きな宿に入る。

「なるべく良い部屋を頼む、二つだ」

 カウンターに金貨をまとめて出す、時間がもったいない。


「本日は、上級の部屋は一室しか空きがなく……」

 私も一緒で良いと、イリスが言うので同じ部屋に泊まることになった。

 まあ事情が事情だし、そんな余裕も体力も残ってない。


 だが、こちらはなるべく見ない様にしてるのに、イリスはこちらを見てくる。

 むしろ、熱い視線で見つめてくる。

 三度目のチャンスか、今はそんな状況ではないのだけど。


「あの……何か御用でしょうか?」

 鈍いふりをして、思い切って聞いてみた。

「異世界の人が、どういうものかと思って」


 なんで!? またもバレてた。

 いや自転車なんかに乗ってるし、怪しいだろうとは思っていたが、まだ素性は喋ってない。


「貴方達、噂になってる。サグレサの魔術師が妙なモノを召喚したと」

 噂になってるのは、魔法の中央協会の内部でだそうだ。

 なんでもそこは、この世界で最高の情報機関だとか。


 どうりで色々と詳しい訳だが、イリスは自由市場の鑑定の時には気付いたらしい。

 今まで何も言わなかったのは、優先事項ではないからと。

 ま、ルシィもあちこちで喋ってるし、秘密にしてたと言えるかどうか……



 翌日は早朝から飛ばす。

 上りの坂道はつらいが、下りは快適だ。

 強化してもらったタイヤはパンク知らずで、煉瓦の道を走ってゆく。


 昼前には、遂にフェアンに着く、ただいまと言いたい気分だ。

 あとは、家主の居ないルシィの家に入れるかどうか。

 戸口の前に立つと、中からポンペイが開けてくれた。


「このゴーレム、貴方も主人と設定してある」

 ルシィが気を効かせてくれてたお陰で助かった。


 急いで魔法陣の部屋にいく、例の穴は……無事にある。

 私も行く、見てみたいと言い出したイリスを、体調を崩すからと何とか説得した。

 この世界の魔法使いってのは、好奇心や知識欲が優先で、まるで科学者みたいだ。



 およそ二十日ぶりの我が家と、自分の世界。

 何だか埃っぽいのは、気のせいではないだろう。


 パソコンを立ち上げて、目当ての店を探す。

 金が足りなければ、クレカで買えば良い。


 待ってろ、北の大魔導師。

 

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