第28話

 天蓋付きの馬車だけで八台。

 姫様が乗る馬車に予備の馬車、侍女や侍従が数台に、衣装だけでもう一台。


 騎乗の者が二十人ほど、兵士が五十名余り。

 これに従卒や荷車、軽く百人は超える大所帯だが、これでも少ないそうだ。


 山登りはさぞかしと思ったが、既に交通規制がされていて、一団となって登るだけ。

 俺の馬車は、この行列の中ほどに場所が用意された。

 それもこれも、誘われるがままに王女の馬車に乗り込んだルシィのせい。


『平民ふぜいが!』と罵られるようなこともない。

 カテリーナ同様、この集団は全員が王女に直接仕える者で、王女が友人として迎えたなら、その連れの扱いだって、大変丁寧になる。

 恐縮するから、最後尾で良かったんだが。

 肩身の狭そうな俺を気遣ってか、カテリーナが馬を寄せてくる。


「話し相手を奪って、申し訳ないね」

「いえそんな。ルシィも、王女さまに会えて嬉しそうでしたし」

「ベアトリーチェ様も、同世代の友人は少なくてね」

 王女も大変なんだなあ。


「それにしても、凄い人気でしたね」

 麓の広場では、王女の行列が付くと、足止めされた人も下って来た人も、みな馬車に注目していた。

 少しだけだったが、王女が姿を見せると、歓声がわいた。


「ああ。早くに母君を亡くされてから、国民も大変心配してくれてね。母君も、お優しく、とても国民に愛された方だったから……」


 カテリーナは、一介の騎士に過ぎない。

 それもアグレス公家の騎士身分なので、国の貴族や、王直属の騎士からは大きく下がる。

 だが、先の王妃の遠縁で、王女の側近というより姉代わり。

 いずれ王女が女王になれば、爵位を進めて王宮の中枢を担うことを期待されている。

 昨日、ラミアが集めてきて語ってくれた。


「これで男だったら文句ない、それどころか絶対に逃さないんだけどねえ」

 とも言っていたが。 



 大トンネルの入り口に着いた。

 ここでも、管理員や旅人の出迎えを受ける。

 この大トンネルには、『テオバルド王の作ったトラヴェルセッテ峠の大洞穴』という、長い名前があるそうだ。

 当然、余り使われてない。


 騎兵を先頭に、大トンネルへ入る。

 一応、奇襲などを想定してらしいが、もちろん何事もない。


 最優先でトンネルを抜け、山を降り、あっという間に山脈を超える。

 これは王家と軍だけに許された特権だそうだ。


 初日の宿は、宿場町の外れにある王家と貴族専用の館。

 ここに泊めてもらえることになった。

 馬車の中で、『夫でも恋人でもないわよ、もうやだー!』みたいな会話があったらしく、ルシィとは別の部屋だった。


 豪華なメシも出て風呂もある、ベッドも羽毛だ。

 この王家の財力は、大トンネルと街道による開拓と流通、銀山の開発によってもたらされた。

 かつては貧しい港町で、交易とグライエ山脈に住む魔物狩りで生計を建てていたが、何百年もかけて山脈を超えて拡大し、今ではこの地方でも随一の強国になった。


 ベアトリーチェ姫の祖先である初代王は、伝説のドラゴン『ビショーネ』を退治した英雄だそうだ。


 

 翌日もよく晴れ、雲もなく遥かまで見通せる。

 ルシィは今日も王女様と一緒、余程にウマがあったらしい、それに。


「あの馬車には、お菓子入れが三つもあるの!」

 旅に出たのに太ったねと、フェアンの人に言われてしまえ。



 最初に異変に気付いたのは、先頭を行く騎兵。

 周りには何もない、開けた場所で、遠く北の空を指している。

「ビショーネ!」

 この単語が伝わってきた。


 列が止まり、カテリーナと護衛隊長の元へ兵士が走り寄る。

 その頃には、もう全員が見えていた。

 紺碧を背に、真っ赤なドラゴンが一直線に飛んでくるのが。


 恐ろしく速い。

 徐々に高度も下げている、逃げられる速さでもなく、隠れる場所もない。

「馬車で円陣を組め! 殿下の馬車に近づけるな! 弓だ、弓も張れ。魔導師はどこだ!?」

 護衛隊長の指示が飛ぶ。 


 王女以外の馬車から人を下ろし、壁にする。

 王女の元に走り寄ったカテリーナが、中の二人に告げる。

「決して馬車から出ぬように。ルシィ、ベアトリーチェ様をお願いね」


 目的は、間違いなくここ。

 混乱してもおかしくない状況で、兵士の動きは早い。

 真上をドラゴンが通過した、大きい! これまで見た動物の何よりもでかい。


 兵は弓に弦を張るが、数が少ない。

 魔導師は駆け回り、武器にマナを込める。

 護衛隊長とカテリーナだけが剣を抜き、他の兵は槍で馬車の壁の外を固める。


 一度、上空に跳ね上がったドラゴンが、一回転して急降下した。

 その背に何か付いてる、いや人が乗ってる気がした。


「いかん!」

 誰の叫びか分からなかったが、意味は分かった。


 急降下したドラゴンは、円陣の真ん中、王女とルシィの乗る馬車へ、舞い降りた。

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