第27話

 出発の前日に、酒瓶を持って王都を歩き回る。

 お世話になったあの人に、最後に会わねば。


 そこかしこの店先で聞くと、意外と早く見つかった。

「髭の隊長? ああさっき通ったよ」


 目撃情報を追って、エンリコ隊長に出会えた。

 最後にお礼と、明日立つ別れと、酒瓶を渡す。

 とても喜んでくれた、兵士の給料は安いのだそうだ。


 アデリナは……教会に行くのも躊躇われて、結局会えなかった。

 また何処かで会えるだろうか。


 来た時と同じ様に準備をする、馬のパトリシアは、ずっと借りっぱなしだ。

 レンタル料と餌で、一日に金貨一枚はかかるが、それ以上に働いてくれてる。

 帰りの道中も、よろしく頼む。



 馬車の荷台は、空では勿体無いので、日用品を積んだ。

 あとはルシィの土産物や本、こちらでは本屋や本は貴重だ。

 一応、妹のカノへの土産も買った。

 謎の木彫像だ、ネットで調べて何処の物か悩むとよい。



 街外れで、ラミアと別れる。

「元気でね、ルシィ」

「はい、姉さまも」

 二人の別れは、わりとあっさりしていた。

 同じ世界の同じ国だし、当たり前か。


「サガも元気で。ルシィを頼むわね」

 『任せてください』とは言えず、お元気でとだけ伝えた。

「ああそうだ。昼前には、麓に着くだろうけど、そこでお昼を食べて休憩なさい。貴方達の旅に、幸運と安穏があらんことを」


 見えなくなるまで、見送ってくれた。


 久しぶりに馬車に乗る。

 カラカラと鳴る車輪に任せると、あっという間に山の麓だ。

 言われた通り、ここで食事にしよう。


 青空の下で弁当を広げていると、何度かで聞いたダミ声がした。

 おいおい、嘘だろ……

「ギルベット様、いましたぜ!」

 手下に加えて、今日は親分も居るみたいだ。


 ぞろぞろとこちらへやって来る、いきなり不運と不穏が襲ってきた。

「どちら様ですか?」

 そう言えば、ルシィは初めて見るんだったな。


「奥様ですかな? 初めまして、ギルベットと申します。旦那様と商談がありましてね、こうして追いかけて参ったのですよ」

 チンピラで囲っての商談なんてあるもんか、にしても、何故ここに居るのがバレたんだ。


「難しい話は抜きにしましょう。貴方の商品、今後は全てうちに卸せば良いんです。何なら、作り方を教えてくれても。作ったのは……奥様ですかな? 奥様に聞いてもよろしいんですよ?」

 周りの手下が、下品な笑いをする。


 ここには多くの旅人が居るが、みんな忙しそうだ。

 助けてと言うのもカッコ悪い、それにまだ囲まれているだけだ。

 とにかく、伝家の宝刀、王都で貰った証書と商標を取り出す。


「今はこうして、許可も頂いてるので、あなた方の世話になる気はありません」

 ギルベットは、少しだけ驚いた顔をした。

「いやいや、これはご立派な。ですが、貴族の紹介状の一つや二つ、金さえ出せば誰でも手に入るものです。貴方のような行商人に、私がこうして声をかける意味が分かりませんかな?」


 取り囲んだ手下が口々にわめきだす。

「ギルベットさんがわざわざ来たのに、恥かかす気か?」

「大人しく傘下に入れ、悪いようにはしねえからよ」

「うちの許可も無しに、この街道で商売出来ると思ってんのか?」

「山賊に襲われても知らねえぞ」


 手下どもの、合わせたような暴言と嘲笑に、ルシィが怒った。

「さっきから聞いてれば何ですか! サガは絶対に、あなた達の言いなりになんかなりません!」


 ギルベット一味は、一瞬ぽかんとして、同時に笑い出す。

「元気の良い姉ちゃんだな」

「うちで預かってやるから、その間に旦那は商品を取ってきな」

「俺にそっくりな子供が産まれるかもな」


 下衆にも程がある。

 ルシィを庇うように、ずいっと前に出た。

 後ろでは、ルシィが腰に付けていた杖を取り出した。

 いや、魔法はまずい、魔法で人を傷つけるのは禁制だとラミアが。


 覚悟を決めた、多少殴られようと、マナのお陰で俺の体は頑丈だ。

 その間に、せめてルシィだけでも……

「もう我慢なりません! さっさと立ち去りなさい、さもないと!」

 なんでやる気満々なのですか。


「少し、お付き合い願いましょうかね。この国で、勝手なことをされても困るんですよ」

 ギルベットの言葉に、手下の一人が上着の前を開く。

 短剣が吊ってある、本気かよこいつら。

 急激に緊張と、鼓動が高まった。



「この国で、貴様らに何の許可が必要だと?」

 突如、高い所から声がする。

 馬上からの凛々しい女の声。


 よく梳かしたダークブロンドの長髪を後ろで縛り、銀に輝く紋章付きの胸甲。

 手足こそ革の旅装だが、腰には剣を帯び、その乗馬はうちの馬とは比べ物にならないくらい大きく、強そうだ。

 「カテリーナ!」

 二人同時に叫んだ。


「なんだてめえ!?」

 急に現れた女騎士に、手下の一人が短剣を抜いた。

 カテリーナは、それを見ても動じる気配すらない。


「遅くなったかな。ちょっと大人数で、時間がかかってね」

 ギルベット一味をまったく無視して、こちらに笑いかける。

 カテリーナのさらに後ろからは、次々に馬車や騎兵、徒歩の兵士がやってくる。

 一騎の掲げる旗を見て、ギルベットがうめいた。


「王女殿下が、何故ここに……」

「貴様らごときが、殿下のご予定など知る必要もない」


 カテリーナの様子を見て、続々と兵士が集まる。

 短剣を持った手下は、槍を向けられ、それを地面に捨てた。


「しっかり歩けおら!」

 一味は縛られ、兵士に怒鳴られながら引きずられて行く。


「どうなるんですか、あの方たち?」

 この後に及んで心配するとは、ルシィは優しいなあ。


「この王領たる街道で、武装し、私に剣を向けた。もし殿下を待ち伏せしたとなれば、どんなに軽くても死罪だな」

 ええ、そんなとルシィが嘆く、それは余りに重い。

「ま、財産没収の上で追放だろう。このところ、悪徳商人が多いと、行政府でも話題になってたそうだ。ベアトリーチェ様の国が綺麗になって良かったな」


 しかし、このタイミングの良さは、ひょっとして?

「ラミアが、道中で会ったら宜しくとな。アグレスまで、一緒に行こうか」


 なるほど、魔女の悪巧みだったわけだ。

 魔法ギルドを通じて、こちらの動きもギルベットに流したのか。

 けど、事前に教えてくれれば良いのに……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る