第26話

 銀貨は一万枚で約五十キログラム。

 六万枚なら三百キロ。


 通貨を運ぶのは大変重い、小切手や手形や紙幣が必要になる訳だ。

 両替商に持ち込むと、余り貯め込まないで下さいねと言われた。

 ここ三日で稼いだと返すと、今後ともご贔屓にと。


 別室に通されて、店の人が二人がかりで計数を始めた。

 専用の計算器に、百枚を縦に並べて十列、千枚ずつまとめてくれる。


 銀貨が六万枚と千五百八十枚、他に金貨が百六十四枚と、大きなリル金貨が一枚。

 合計が金貨で千二百十枚分!


 分配に付いては、きちんと話しあった。

 仕入れたのも、思いついたのも俺だから、多く取って良いと言い出したルシィと、最初の約束通り半分でと言い張る俺。

 結局、ラミアがルシィを説得してくれた。

 ラミアは、お世話になったからと言っても、銀貨の一枚も頑として受け取らなかった。


「本当なら、師匠が亡くなった後に、私達がルシィの面倒を見るべきだったの。だって私も、もう一人の弟子も、師匠が魔導師になるまで見てくれたの。ルシィの事は気にかけてたけど、こっちの商売が楽しくてね。だから、貴方には感謝してるのよ」


「わたしは全然平気です! 家も本もありますから!」

 元気に答えたルシィに、ごめんねと、謝っていた。

 ついでに、魔導師になるまでには、金貨で千枚や二千枚はかかるんだから、ありがたく頂いて貯めておきなさい、とも。


 銀貨六万枚は、二人で分ける。

 余った銀貨は帰りの旅費にして、俺の手元には金貨五百九十ニ枚!


 あれこれ引いても五百枚以上の純利益が、一ヶ月の行商で! と思ったのが甘かった。

 ベアトリーチェ殿下から頂いた証明書で、預かり口座は簡単に出来た。

 むしろそれを見せると、急に扱いが丁寧になったくらい効果はあったが、商人税に王国税に教会税に諸々の手数料で、二割ほどがっつり取られた。


 魔法ギルドに所属してるルシィやラミアには、免除や減免があるが、フリーの商人だとそうもいかない。

 税を収めずに金貨や銀貨を国外に持ち出そうとすると、最高で死刑だそうだ。

 もちろん、国内で高い物を買うにも、税金を通したお金でないと駄目だ。


 黙って持ち帰れば良かったのかな……


 それを見ていたラミアが一言。

「ごめん、忘れてた」


 しかし、これで真っ当なお金が、充分に手に入った。

 日本でも一財産、妹も大学にやれる、ただし金の売却益には税金がかかる。

 二つの世界で二重取りか、異世界も楽ではない。


 ルシィは、一部を金貨に代えて、残りを預けた。

 魔法の素材を、この王都で買いたいらしい。



「わぁ凄い、見て下さい! シダレヤナギの新芽に、水雷石の結晶、トゲモチカイの殻の粉、サバクヤモリの毒袋まで!」

 向かった先は魔法ギルドの直営店、どれも貴重な物らしいが、さっぱり分からぬ。

 テンションが急上昇したルシィを置いて、店内を見て回る。


 この世界で変わった物は沢山見たが、ここは一際おかしい。

 見たこともない動物の燻製や、巨大な生物の一部がぶら下がり、まさに魔女の実験室といった感じだ。


「これにマナを充填して」

 眼の前で、小柄な少女が、カウンターに杖を差し出す。

 顔はよく覚えていないが、鼻に乗ってる眼鏡に見覚えがある。

 確か、ギルド協会で商品を鑑定してくれた魔術師だ。

 鑑定用の眼鏡をかけたままとは、ルシィと同じドジっ子なのか。


 カウンターとのやり取りも聞こえる。

「一杯に詰めるかい?」

「半分でいい。持ち合わせがない」


 ルシィも魔法を使ったきり、杖に充填してた様子はない。

 ついでに詰めて貰えばと振り返ったら、ラミアが居た。

「なあに、かわいい子でも居たの?」


 ラミアも、イリスって名前だったか、小柄な魔術師に目を止めた。

 イリスは、こちらを気にもせず、杖を受け取ると出て行った。

「今の子、服は魔術師っぽいけど、とてもそうは見えないわね」

 これは、どっちの意味だろう?


 そこへ、顔も隠れるくらいに、あれこれと買い込んだルシィがやってきた。

「ルシィ、杖のマナって詰めなくて良いの?」

 代わって答えたのはラミア。


「そんなのうちでやれば良いのよ。それよりルシィ、荷物は送りなさい。二十日後くらいに届くようにして」

 聞けば、一気に金貨で百枚以上の品を買ったそうだ……


 ついでに魔法ギルドに寄るとラミアが言い出した。

 ギルドには、情報通も、他の業種や商会に詳しい人も居るからだそうだ。


 しばらくして戻って来たラミアが告げた。

「あなた達、出発は明後日にしなさい」


 王都を離れる時が来た。

 俺は何時でも良かったが、ルシィは名残惜しそうだ。

 もっとラミアと居たかったのだろう。


「ちょうど天気も良いからね。それに、カテリーナにも頼んでおくから、心配しなくていいわよ」

 なんだろう、意味深な事を言って、ラミアがにやりと笑う。

 その笑顔は、当に何かを企む、魔女の微笑みだったんだが……


 王都に居るのも明日まで、遂に帰りの旅が始まる。

 この時は、本当の冒険が待ってることを、俺はまだ知らなかった。

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