第25話

 三日目は、大盛況だった。

 どうやら、昨日までに買った人の、口コミのお陰のようだ。


 TVも折り込みチラシも無いから、人の噂が大事になる。

 流石に、王室御用達と言われる事はなかったが。


 そんな噂の広がりを、裏付けるような再会があった。

「やあ、お二人さん。お久しぶり!」

「アデリナ!」

 二人揃って声が出た。


 別れる前の、陽気な感じのままだった。

「あの時はごめんね。巻き込んだり、勝手に行ったり」

 陳列台のこちらへやってきて、ルシィと俺の間に収まりながら、謝った。


「置いて行かれたのは、寂しかったですけど、アデリナが無事で良かったです!」

 にこりと笑うルシィを、感激したアデリナが抱きしめる。

「本当にいい子ね~あなたは」

 そう、今更ながらルシィはとても真っ直ぐで、人懐っこい。

 周りの人に支えられて来た分だけ、困ってる人は見捨てられない性格だ。

 俺も数え切れず助けられて、ルシィに何かあれば、必ず助けたいと思う。


「旅のお礼とお詫びに、手伝うわね」

 そう言ってアデリナは、道行く人に声を掛け始めた。

 堂に入ってる、絶対に、聖職者よりもこっちの方が向いてる。


 可憐な売り子が二倍になった我が商店は、昼には全てを売り切った。

 三千点を超える商品が完売した。

 達成感と充実感と、金貨一千枚分以上の売り上げを得た。

 この半分、そのまた半分でも、妹を大学に行かせることが出来る


「やりましたね!」

「おめでとう!」

「ありがとう、みんなのお陰だ!」

 周りの商人達まで、おめでとうと拍手してくれた。


 あとは、金を預けて手形か預かり証を受け取り、フェアンへ帰る。

 道のりは半分残ってるが、大きな山は超えた。

 それに、空荷で帰るのもなんだから、何か仕入れて帰ろうか。

 発想がすっかり商人になった気がするなあ。


 アデリナが飲み物を渡してくれながら、少し話そうと。

 なんだろう、真剣な顔だ。

「ルシィは?」

「一緒に」


 三人で話すことになった。

「実はね、私が聞いた噂は二つあるの。一つは、黒髪の商人と、子供の魔術師が珍品を売ってると」

「子供!?」

 ルシィが憤慨するが、わたしが言った訳じゃないよと、頭を撫でてなだめる。


「もう一つはね、王女様が魔導師の店に行ったらしいと」

 昨日の今日でもう知ってるとは、教会ってのはどの世界でも耳が早い。


「王女様は、来年には推定相続人、つまり正式に世継ぎとして立てられる。それで教会もとても注目してるの。その店で、変わった物を買われたと聞いて、あんた達かなーって思ったけど、その顔を見ると、そうらしいね」

 こちらの緊張を和らげるかのように、アデリナは優しく笑う。


「前も言ったと思うけど、教会には派閥があるの。一つは至上派、唯一絶対の神の奇跡である魔法を、聖職者以外が使うのを、よく思わない連中。もう一つは信仰派、信仰を司るのが聖職者で、魔法は分け合えば良いと言う考え」


「アデリナは、信仰派ですよね?」

 思わず聞いたルシィに、もちろんそうよと、答えた。


 アデリナの話は続く。

「でね、次代の王がどちらを支持するのかってのは重要なの。この国の王家は、歴史的に魔法使いと関わりが深いけど、ここ王都の枢機卿は、がっちがちの至上派なの」


 それじゃまさか、王女に!?

 そんな大それた事はしないわよ、とアデリナ。


「ただ、今度、アグレスの街にも、新しく枢機卿が配置されるの。それをどちらが取るかで、水面下どころか表でもやり合うようになってね」


 情報を集めに行ったアデリナが襲われたのは、死んでも良い警告だった。

 教会は、治癒以外に、操ったり操作する魔法に長けていると、本気で怖い。


 そして、数日内に王女がアグレスへ行くらしい。

 何か起きるかも知れないから、気を付けてと言いに来てくれたそうだ。


 この話を、ラミアにしても良いかと聞いた。

 答えは、たぶんこの街の大人なら皆知ってるから、構わないだった。

 露骨な権力争いなんて、民心が離れるだけで教会にとって良い事一つないのにね、アデリナは最後にそう言った。


「ビーチェちゃんも大変ですねえ……」

 ルシィがぽつりと呟く。

 そうだな、今のとこ、俺達に関係ありそうにはないが。


 家に戻ると、今度は明るい表情で、ラミアが手紙を読んでいた。

「あら、早かったわね。手と足を洗って、着替えてらっしゃい。良い報せがあるわよ」


 良い便り? なんだろう?

 お茶と菓子付きのテーブルに着くと、何通かの手紙を見せてくれる。

 字は読めないんだが……ルシィに習おうかな。


「お礼状ですね!」

「そうよ、こっちがわたしとサガへの礼状。こっちは、ルシィへのお手紙ね」

「はい、返事を書きます!」

「それともう一通、カテリーナが手配してくれたのかしら、これよ」


 一枚だけ豪華な手紙、と言うか証書みたいだ。

 ラミアが簡単に読み上げてくれる。


 下記の者 アグレス公爵家の御用商人と認める

 サガ・リコット

 署名人は、公爵号を兼ねる王女、ベアトリーチェ・ヴィスコンティ・ディ・アグレス


 おおお? 偽名だけど、良いのかな。

 ついでにこれと渡されたのは、紋章の掘られた銀色の板。

「この書状と、その商標があれば、この国で困ることはないわよ。なんたって王女殿下の紋章が付いてるんだから」


 アグレス公爵家の紋章は、長い髪たなびかせる女性の横顔。

 これは常に第一王女が帯びる、この国の人なら誰でも知ってる有名な物。

 それが上に描かれていて、その下には、先日買ってもらった花の髪飾りの文様。


 髪飾りの部分が授与された紋章で、つまりアグレス家出入りの髪飾り屋さんだ。

 もっとカッコ良いのが良かったんだが……


 ラミアが頼んでてくれたのか、カテリーナが気を効かせてくれたのか、どちらか分からない。

 けど、これで大きな問題が一つ片付いた。

 明日には、数万枚の銀貨を、両替商に持ち込もう。

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