第21話

 自由市場の受け付けは、この国の職業ギルドや流通ギルドを束ねるギルド協会でやっていた。

 ややこしい。


 入り口は大きくても、中は細分化されて複雑、このへんは日本の役所と同じか。

 やっと見つけた受け付けで、持ってきたサンプルを見せる。


 ハンカチは、生地でなく製品なので許可、ただし織物ギルドへ手数料。

 折り紙セットは、製紙ギルドへ手数料。

 手鏡やその他は、見たことない物もあるので鑑定すると言われた。


 受け付けの青年が、奥へ声をかける。

「イリスさーん、来てもらえますか?」

 呼ばれて出てきたのは、ルシィよりも若そうな女の子。


 珍しく短髪で、学生っぽい感じがするが、手には杖。

「イオニアから来た魔術師さんです。臨時の手伝いに入ってもらってて」

 彼女の代わりに、青年が答えてくれた。


「イオニアには魔術学院があるんですよ。そこの方だとしたら、凄く優秀です。若いし」

 ルシィがこそっと教えてくれた。


 イリスと呼ばれた魔術師は、品物をじっと見てから、眼鏡を取り出した。

 そう言えば、この世界で、初めて眼鏡を見た。

「眼鏡とか、視力を矯正するものって、珍しいの?」

 良くわからないって顔をしつつ、ルシィがまた教えてくれる。

「あれは、隠された魔法陣がないか見るものです。目が歪んで、近くや遠くが見え難いのは、お医者様で簡単に治りますよ」


 マジか、近視や遠視とは無縁の世界だったとは。

 一つ、俺の世界よりも進んでるものを見つけてしまった。


 そんなレアな眼鏡っ子が呼ばれたのは、例え自由市場でも、魔法を使った商品は禁止だからだ。

 何処から来たか分からない、強力な武器になる魔法道具が売られると困るのが第一。

 あとは魔法ギルドの既得権益か。


「大丈夫。魔法の物じゃない。ただ初めて見た」

 ボソッと呟くと、イリスは奥へ引っ込んだ。

 愛想の無い態度に悪いと思ったのか、受け付けの青年がにこやかに応対してくれる。

「いや、ほんとに珍しいですね。自分もこういった物を扱ってみたいですよ。きっと売れると思いますよ、場所と日数はどうしますか?」


 高級住宅地に近い市場の一隅を、三日間押さえた。

 それと手数料で金貨九枚だ。

 確かに高い、これは頑張って売らないと。



 ギルド協会からの帰り道は、王都を見て歩く。

 近くに海と港町があるので、魚も多い。肉や穀物は高原地方から。

 海からの風が山脈に当たり、雨が多く水も豊富で、広場には噴水もある。


 教会や神殿のような建物も、これまでの街に比べてずっと豪華だ。

 大きな図書館まであったが、入るには身分証が必須で、身分不詳の俺に配慮して、ルシィは泣く泣く諦めてくれた。

 今度、姉さまと行ってください。


 懐も温かったので、あちこちで買い食いしながら帰った。

 夕飯が入るか心配だったが、帰った途端にラミアが飛び出してきた。

「遅かったじゃない、あなた達。それより聞いて、もう髪留めが全部売れたわよ!」


 聞くと、ラミアの作る魔法薬を愛用してる貴族、そこに仕える女性がやって来て、使用人に配るからとまとめて買っていったらしい。

「普段来る使いの人でなく、たまに来てお茶をする騎士様なんだけどね。まさか金貨十五枚も、ぽんっと払うとはねえ」

 ラミアは、二倍以上の値段で売っていた。


 それにしても、使用人だけで五十人とか、そんな大富豪や大貴族が居るんだなあ。


 売れると嬉しい、それで今夜はご馳走だ。

 近場の酒屋へ、お使いに行く事になった。

 中は、飲み屋も兼ねた雰囲気の良い店で、今度来てみようか。


 久しぶりの魚が並んだ食卓に、お米が恋しくなった。

 こっちの食事にも、何時の間にか慣れたが、日本食が食べたい。

 まさかこんなところでホームシックなんてと、買って来た酒をあおる。

 これは旨い、果実で作った蒸留酒に、複雑な香付けがしてある、高級ブランデーだ。


 明日から商売だと言うのに、飲みすぎないようにしなければ。



 翌朝、痛む頭を引きずって起きる。

 ルシィはあまり飲まないのだが、ラミアがざるだった。

 ボトルが何本か転がったのは覚えているが……


 そう言えば、ルシィは幾つなのだろう。

 話を聞く限り、まだ十六か十七くらいだと思うが、お酒は飲んでる。

 まあ日本の法律なんか関係のない世界だけれど。


 荷物を市場へ運む前に、泊めて貰ってるお礼にと、持ってきた化粧品から、ラミアの肌に近いものを選んで贈る。

 こんな高価な物はと、遠慮されたが、あっちの世界では安いからと受け取ってもらう

 ついでに、これらの商品が幾らくらいで売れそうかも、聞いてみた。


「珍しい物なので、金貨数枚でも買う人は居るだろうけど、普通に売るなら銀貨三十枚から金貨一枚くらいが良いかしらね」

 参考にしよう。


 おまけで、ルシィにも化粧品を渡す。

 よく見るとかなり日焼けして、運動部の女子生徒くらいの色になっていた。

 夏の日差しの中を、十日以上も旅をしたのだから、当然か。

 感謝しつつ、一番濃い色のものを渡した、白浮きすると申し訳ないので。


 次に戻ったら、日焼け止めも持ってこようか。

 今日から、王都での商売が始まる。

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