第18話

 長い旅の、折り返し地点に着こうとしていた。

 よく手入れされた街道に、馬車もあって、ひ弱な現代人でも乗り切れた。

 これが歩きで野宿なら、到底無理だったろう。


 街道沿いに並ぶ家や店は途切れず、どこから王都といった区切りもない。

 遠くからでも見える王宮に近づくにつれ、木造から石や煉瓦造りの豪華な家が増える。

 二階、三階建ては当たり前、もっと積み上げてる建物もある。


「これから行く、姉弟子ってどんな人?」

「どんな、と言われても……優しくて、それに優秀ですよ。わたしより五つくらい歳上ですけど、もう魔道士ですから」

 自分の店も持ってるらしい、それにルシィの五つ上か……

「美人なの?」

「ええ、とても! 姉さまが居た頃は、姉さま目当てによく男性が来てました!」

 バシッと、馬にムチを入れる。

 優しくしてあげてくれ、昨日は頑張ってくれたんだから。


 姉弟子の名前はラミア、その店は、裕福そうな住宅が並ぶ一角にあった。

 ドアの呼び鐘を鳴らすと、自動で開いた、と思ったら、ゴーレムが開けてくれていた。


「あら、ルシィ。いらっしゃい、早かったわね」

 店の奥から出てきたのは、すらっと背が高く肩幅も狭い、ヘーゼルの瞳にプラチナブロンドを丁寧に編み上げた、如何にも都会風の美人。

 着ている衣装にも、刺繍が入って、ワンランク上といった感じが出ている。


「ラミア姉さま!」

 田舎娘が都会の美女に飛び込んだ。

「一年ぶりかしら、大きくなったわね」

 そんなに変わってませんよ、と言うルシィだが、とても嬉しそうだ。


「それより姉さま、髪は?」

「ああこれ? 染めたのよ。私の作った魔法薬でね、あとであげるわ」

 ひとしきり再会を喜んだあと、ラミアがこちらを見据えた。

 おっとりとしたタイプなのかと思ったが、かなりキツそうな目付きだった。


「で、こちらさまは?」

「手紙にも書いたでしょう、一緒に旅してきたサガさん」

「それはそれは。ルクレツィアが大変、お世話になりました」

 怖い、目が笑ってない。


 美形の真顔は、迫力も三倍増だ。

「あの、僕の方こそ、ルシ……ルクレツィアさんには大変お世話になってます……」

 淡褐色の瞳に見据えられたまま、直立不動で自己紹介を終える。

 何かフォローをしてくれるかとルシィに期待していたが、にやにやと笑ってる。

 自慢の姉に男どもが緊張するのが、そんなに楽しいか。


 とりあえずと、奥へ通されたので、荷物を持ってついて行く。

 その前に、馬車を庭へ入れさせて貰う。

 庭付き車庫付き店付きの一軒家か、魔道士って儲かるんだな。


 ゴーレムがお茶を運んでくれる。

 同じ木製だが、ポンペイさんよりも洗練されたデザイン。

 何というか、全体に丸みがあって小型だ。


「やっぱりゴーレムを売ってるんですか?」

 魔導師ラミアの得意分野は、ゴーレム造りらしい。

 家の手伝いをする、高性能の木製ゴーレムの製造と販売。

 土や石で作ると、あちこち汚すからだそうだ。


「このあたりの、少し裕福な家では、ゴーレムを使うことが増えて来たの。人を雇うよりも安いし、家の見張りから掃除や子守まで、何でも出来るからね」

 以前に聞いた話だが、この国には奴隷がほとんど居ない。

 戦争が長らくないので、供給がないのと、魔法・魔術が補助してくれて、居なくても社会が回る。


 ラミアは、それ以外にもと、小箱から小さな貝殻を取り出し、衣装棚からドレスを持ってきた。

「この貝殻に詰めた薬はね、しみやそばかすを隠してくれるの。吹き出物にも効くわよ」

 ルシィの目が輝いた。

「こっちの服は!?」

「これは夜会や結婚式で着るの。腰を細く、胸は大きく、スタイルを良く見せる魔法よ」

「買います!!」

 いやいや、正装用のドレスだって言ったじゃん……


 実は、女性の魔導師の方が、ずっと少ないらしい。

 そこで、中流家庭の女性向けの魔法具を作ることで、ラミアは成功したそうだ。

 焦げない鉄鍋や、湯が湧くと音の出るケトル、朝に自動でパンを焼いてくれる釜や、自動で動くホウキなど色々と作ったが、魔法を使うと採算が合わなくて、と語ってくれた。


 ちなみに、小さな貝殻一つで金貨一枚、ドレスは一リル、金貨二十枚以上だとか。

 とても手が出ません……と、嘆くルシィを放っておいて、姉弟子はこちらの荷物を見てから聞いた。


「それで、貴方達は何を持ってきたの?」

 こんな物をと、持って来た荷物を広げる。

 手鏡・コンパクト、櫛や髪留め等のプラスチック製品、化粧品、柄物のハンカチや折り紙のセット。

 なるべく色使いが派手だったり、ラメが入った物を選んで持ってきた。


 ゴム底の靴やサンダル、傘や雨具、ジッポやライター、歯ブラシなんかも少し入れてある。

 何がギルドに引っかかるか、分からないからなあ。


 異世界の品々は、ラミアの興味を引けたようだ。

「粉の顔料に、これは紅を油で固めたもの? 変わった素材、甲羅でも珊瑚でもない。この鏡、これだけ質が良くて軽いものは、見たことがないわ」


 一つ一つ確かめてから、ラミアはルシィをじっと見つめて、問うた。

「何処で手に入れたの?」

 ちらりとこちらを見て、俺が頷くと、ルシィは全て白状した。



 最初の、俺を釣り上げたの下りから頭を抱え、全て聞き終わったあとには。

「ルクレツィアが、ご迷惑をおかけしまして、本当に申し訳ありません」

 ラミアさんは、わざわざ立ち上がり謝ってくれた。


 どうやら、俺がルシィのとこに押しかけたり、巻き込んだりした訳でないと分かって、態度を軟化してくれたようだ。

 今日から、ここに泊まって良い、明日は送った荷物を受け取って、売ることも相談に乗ると言ってくれた。


 一室を与えられたが、何処に行くにもゴーレムが付いてくる。

 まだ、完全には信用されてないみたいだ……

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