第17話
峠へと続く道は三つ。
人が通る道と、馬や馬車の登る道と、それが下る道。
登り始める前に、荷車にかかっている魔法にマナを入れて起動させる。
荷車と荷物を軽くする魔法、ここまではケチって使わなかったが、これからはそうもいかない。
周りの馬車も、マナを入れたり、新しく魔法をかけてもらっている。
うちには魔術師がいるから、便利なもんだ。
「さあ終わりました、何時でもいけますよ」
「お疲れ様。ところで、この魔法はルシィがかけたの?」
「違いますよ? これは師匠のかけたもの……あっ、わたしだと失敗すると思って!」
ごめんごめんと謝りながら、馬を急かす。
ルシィには沢山助けられているが、魔法に関してはいまいち信用できない。
つづら折りの、上り専用道路を、注意を払いながら登る。
列が停まる度に、ブレーキを引いて馬の負担を軽くする。
車輪に木の板を押し当て、摩擦で止める単純なディスクブレーキだ。
幸い、逆走して落ちてくる馬車には出会わなかったが、上り坂の馬車列となると進みは遅い。
一時間で、1~2キロしか進んでないのでは?
こんなことで、この山を越せるのだろうか。
昼頃に、広場に出た。
周囲を削って埋めて広げて、数千人は余裕で入れそうだ。
山の高さは、まだ見上げるほど残っている、休憩所だろうか?
ところが、そこで信じられないものを見た。
「これです! ね、凄いでしょ?」
「ああ……これは、凄いね……」
そう答えるのが精一杯だった。
山の中腹に穿たれた大穴、そこから人や馬車が次々と出てくる。
トンネルだ、それも信じられないくらい大規模の。
ここから先の、険しい山頂を超える必要はなくなった。
聞けば、このトンネルの長さは、3キロ以上だとか。
合流地点の大広場、三筋に別けた道路、そしてこれ。
中世を飛び越えて、近世国家並みのインフラ整備じゃないか。
『岩を掘りたきゃ、つるはしを使えば良い』
フェアンで言われた、ジエット爺さんの言葉を思い出す。
マナで強化した道具は、機械に劣らぬくらい強力なのだと、再認識した。
「昔は、もっと上の峠を超えてたそうですよ。けど道も気温も厳しくて、死人が出るのも珍しくなかったとか。それで八十年程前に、大魔導師のビンチ様が設計して、王家がお金を出して作ったそうです」
「へー……その大魔導師って、まさか北に住んでるって言う?」
「そうです。もう百歳も超えてますが、お元気だと聞いたことがあります」
凄いな、先日の魔物と言い、ここ数日で、一気に幻想世界感が増した。
トンネルは、時間交代制だった。
こちらの番になり、通行料を払って入る、馬車は銀貨で十枚。
「もう一本掘ろうって計画もあるみたいですよ、何十年も前から」
まあ、そう言うもんだよな。
中は、ひんやりと言うより、むしろ暑い。
ただ、常に風が流れて、壁には明かりもあり、その壁を補強するのも全部魔法。
魔法の道具で、魔法で壁や天井を固めながら掘る、魔法シールド工法か。
遙か先に見える光に向かって、集団で歩く。
反響する足音や、荷駄の車輪、人々の興奮した喋り声などで、かなり騒がしい。
雑談しながら、良く手入れされた平らな道を、小一時間もあるけば出口だ。
うっ、流石にトンネルから出る時は眩しい。
トンネルの前から早く離れろと、管理員に促され、今度は下り専用道路へ。
荷物に魔法をかけてると言っても、馬車は、下りの方が難しい。
ブレーキを全力で使いつつ、慎重に慎重に下っていると、突然目の前が開けた。
山脈の麓から遠くの海まで、一望に見渡せる。
すぐ足元には巨大な宮殿と、それを取り囲む数万もの建物。
建物の波は、東西南北へ伸びる大街道に沿って広がり、更に細い道路が毛細血管のように伸びる。
ここまで、街の喧騒が聞こえて来そうな程の、大都市だ。
「王都メディオラムへようこそ!」
ルシィが、大声で言った。
「ところで、ルシィはメディオラムに来たことあるの?」
「……初めてです」
「そっか……」
山を降りる頃には、夕刻が迫っていたが、急げば王都までは行けそうだ。
だが、ここで一泊することにした。
パトリシアは良く頑張ってくれた、宿の人に一番良い餌を頼む。
ルシィが姉弟子に手紙をしたためる。
迷ったが、一見の商人よりも、ルシィがよく知る人のとこへ行こう。
宿で、王都への手紙や連絡を集めていた少年に、銀貨一枚で託した。
宿帳には、サガ・リコットとルクレツィア・リコットと、書いている。
未婚や兄弟でもない男女の旅は、説明するのが面倒だからだ。
あとはあっちが、勝手に解釈してくれるだろう。
久々の個室に二人部屋だったが、ルシィはあっさり結界を張って寝てしまった。
まあ良い、今夜は、峠の向こうで貰った小瓶の葡萄酒を飲んで寝よう。
いよいよ明日は、王都だ。
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