第16話
起きた頃には、すっかり日が昇り、大部屋の旅人達も、大半が出立した後だった。
昨日は、色々とあったし、そもそも俺は午前に起きるの方が珍しいなんて生活を、何年もやってたわけだし。
朝食が出るような宿ではないし、売りに来てるパンや果物を買って、歩きながら食べれば良い。
のそのそと起き出すと、「サガさん大変です!」
ルシィが何か片手に飛び込んできた。今度はなんだ。
振り回す右手に握られていたのは、アデリナから手紙だった。
「起きたらもう、居なかったんです。代わりにこれが」
手紙といっても、小さな紙切れに走り書きしてある程度だが……読めない。
人気のない所に行って、読んでもらう。
『昨日はごめんなさい。あの魔物は私を狙ったものだと思うの。
噂になってる通り、教会の派閥争いが激しくてね。
巻き込むつもりはなかったの、信じて下さい。
二人と会えて楽しかったわ。良い旅路を』
これは……どうしたものかと、ルシィを見た。
「追いかけますか?」
ルシィはどうしたいのだろう。
面倒事に巻き込まれたくないのか、困ってるなら助けたいのか。
正直、あんな危険な目に会うのは御免だ、勘弁して欲しいのだが。
「一人より、三人の方が安全だろ」
精一杯の勇気を絞り出す。
こんな世界に飛び込んだんだから、今更怖いものなんてないさ。
いや、怖いのだけれど、せっかく前向きに自分から行動するようになったんだ、一つくらい厄介事があっても良いじゃないか。
俺の言葉に、ルシィがにこりと笑ってくれた。
これは、賛成してくれたのかな。
さっそく、宿の人にアデリナのことを聞いてみた。
「ああ、覚えてるよ。夜明け前に、馬を借りれるかって来てね。ほれ、野営してる軍に付いて行くから、足が欲しいってな」
エンリコ隊と一緒に行ったのか。
追いつけるかな、と聞いてみる。
「そりゃあ馬を走らせればね。歩きや馬車じゃあ無理だよ、軍の足なら今日中に峠を超えるよ」
一人で行ったわけではないのが分かって、安心した。
夜明けから直ぐに出発した軍隊に追いつくのは無理だろう、荷車もなかったし。
それに、エンリコ隊と一緒の方が安全なのも、間違いない。
結局、また二人の旅に戻った。
ルシィは、アデリナとどうだったの? と聞いてみた。
「どう、と言われても。けど、楽しかったですよ。わたし、フェアンに来てから、魔術の勉強ばかりで、同世代の子と遊ぶ機会もなくて。アデリナ、王都で流行ってる服とか劇とかに詳しくて、時間があればなんて話もしたのですけど」
ふーん、普通のガールズトークをしてたんだ。
なら、教会の噂って?
「それなら、枢機卿が新しくアグレスに任命されるって話でしょう。教会にも、魔法に厳しい人や融和的な人、王家側の人から教会寄りの人、色々といるので中々決まらないって話です」
なるほどな、まあ俺には関係ないだろう。
グライエ山脈の麓まで、何の異変もなく着いた。
麓と言っても、こちらは高原側で、元々標高があるのに、そこから数千メートルは立ち上がっている。
こんな山、馬車で超えられるのかと不安になる。
「明日を楽しみにしてて下さいね。凄いものが見れますよ!」
教えてくれれば良いのに、驚かせたいそうだ。
峠を越えるために、多くの旅人がここで夜を明かす。
この山脈を超えて下れば、そこが王都メディオラムだ。
店もある、早朝の夜明け前から登るために、徹夜で行く人も居るみたいだ。
そんな無茶なと思うが、大丈夫なのだろうか。
一人で、一軒ばかし覗いてみる。
夜にやってる賑やかな飲み屋ってのは、なんでこうも惹かれるのかな。
知り合いも居ないので、カウンターで店主に近いとこに陣取る。
店内を見ると、客は男ばかりで、その中を数人の注文取りの女の子が、忙しそうにしている。
「兄ちゃん、何にするかね?」
目論見通り、髭面の店主に話しかけられたが、胸元が見える衣装の女の子達を見て、少し後悔した。
適当に酒を頼んで、聞きたいことを尋ねることにする。
「魔物が出たそうだが、知ってる?」
「もちろんさ、昨夜の遅くに軍が知らせてくれた」
「このあたりじゃ、よく出るの?」
「いや、出ないね。少なくとも最近では聞いたこともない」
アデリナが狙われたと言ったのは、嘘ではないのかも。
もう一杯頼んでから聞く。
「この山地から来たって聞いたけど」
「もっと西や東には居るらしいが、ここらのは狩り尽くしたからなあ」
そう言えば、魔物に怯えて暮らすと言うより、魔物を退治しては生息域を広げてると、ルシィも言っていたな。
「軍の部隊が通ったでしょ。魔物が出るからって、前の宿場まで連れてってもらったんだ」
襲われたと言うと面倒だから、少し誤魔化す。
「ああ来たよ」
「その中に、赤い髪の女の子が居なかった?」
「う~ん、どうだろうなあ。しかし結構な人数が一緒に登っていったな、まあ安心だからな」
エンリコ隊は、特に異常もなく着いて、登っていったそうだ。
なら、アデリナも無事かな。
ありがとうと言って、銀貨を追加で一枚置く。
「おっと、ここでは情報はそんなに高くないよ」
お釣りだと、小さな瓶の葡萄酒をくれた。
いよいよ、明日は山越えだ。
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