第14話
「お世話になりっぱなしだと、悪いから」
アデリナは、そう言って昼食の時にハムを取り出した。
なかなか美味しくて、ルシィの機嫌も徐々に直ってきた。
何の肉だろうな、馬はいるが、豚もいるんだろうか。
牛らしき家畜は見た、幅が5メートルはあろうかと言う、巨大な『くわ』を軽々と引いていた。
魔術の力だ、あれなら小型のトラクター並の馬力、いや牛力も出るだろう。
午後は、一人で御者台に座って手綱を取ることになった。
お嬢様方は、荷台に座ってお喋り。
歳も近いようで楽しそうだ、良かったですね。
「で、このサガだけどさ」
話題がこっちに向いた。
「見る人が見れば、おかしいって直ぐに分かるよ?」
「やっぱり、分かります?」
「そりゃあね。だって、マナの無い人間なんて居ないんだから」
すでに、色々とバレてるみたいだ。
いきなり旅に出るとか、やりすぎだったかなあ……。
「だからさ、マナを注入してあげれば良いんじゃない?」
「直接、ですか?」
「うん。空っぽなら入るでしょ」
不穏だ。実験台にするのはやめてくれ。
荷台から、ごそごそと近づいてくる。
「サガさん、良いですか?」
嫌だと言いたいが、ルシィは杖、アデリナは右手を、既に背中に突き付けている。
レクトル、聖職者のアデリナは、右手の腕輪にマナを持ってるそうだ。
「あのーこれで、病気になったりしませんかね?」
か弱い異世界人で遊ぶのはやめて欲しい。
「大丈夫でしょ。マナが減ったり、流れが悪いと病気になるから」
一応、アデリナは癒やしの魔法が使えるそうだ。
「じゃあいきますね!」
ルシィは問答無用。二人揃って、詠唱を始めた。
……特に、何も変わらない。
力がみなぎるとか、特別な能力が発動したとかもなさそうだが。
「あれ、これ?」
「うん、あ、やばいか」
後ろから、怪しげな声が聞こえる。
杖と右手が背中から離れた。
「すいませんが、どうなったか教えて下さい」
黙りこくった二人に、恐る恐る聞いてみる。
「それがですね……思ってたより吸い取られました」
「そうだね、こっちも吸い取られたって感じ。これ、常人の数十倍のマナが入ってない?」
「多いですねえ。けど、大魔導師さまとかは、その身にも大量のマナを宿すことが出来る、そう聞いたことがありますよ」
「まあ、個人差が結構あるからね。ないよりはマシかな、一見では分からないから」
失敗したのか、成功したのか、どちらですかね?
大魔導師と言う単語に、試しに右手に力を集めるイメージで……
はあっ! っと、撃ち出してみる。
何も起こらなかった。
しばらくすれば体から抜けますよ、そう言って二人は、ガールズトークに戻った。
前方の地平線が盛り上がり、山脈が姿をあらわす。
東西へ、見える範囲を超えて広がっている。
高原地域と沿岸部の間にそびえる、グライエ山脈だ。
まだ二日以上の距離があるのに、その大きさが分かる、あんなの超えれるのか。
街道は、グライエ山脈に向けて真っ直ぐと伸びる。
都市アグレスから南は、開発も進んで、治安の心配はまったくないそうだ。
出発が遅れてキャラバンを組めなくても、女性連れでも安心だ。
時折、騎乗した旅人が追い抜いていくらいだ。
気になるのは、アデリナが、後ろから馬が来る度にフードを被る。
犯罪の片棒でも担がされてはかなわないので、一応聞いてみた。
「魔術師の一行に世話になってるとこを、教会の連中に見られたくなの、ごめんね」
だそうだ。
昨夜、口説くのに失敗したこともあって、強く言えなかった。
それよりも、聖職者が、酒を飲んでも良いのかね……
丘を掘って真っ直ぐ、平坦にした箇所に通りかかる。
両脇がそそり立って、まるで谷だ。
これも、マナを付与した道具でざくざく削ったそうな。
その谷の中ほどまで来た時、上空から変な音がした。
音と言うか、叫び声みたいだ。
見上げると、何か巨大なモノが飛んでる。
後ろの二人も、気付いたみたいだ。
「オオコウモリ? こんなところに?」
「わたしは始めて見ました!」
オオコウモリってサイズではないですが、魔法翻訳のせいか。
ゆっくりと旋回しつつ、高度を下げる。
「大丈夫よ。家畜を襲うって言われてるけど、人を襲うことはめったに無いから」
翼竜のような翼に、短い首と、巨大な足に爪が見える。
縦も横も、軽く5メートルはあるんじゃなかろうか。
それが、狙いを定めると、一直線に降りてきた。
「逃げて!」
どちらの声か分からないが、それに反応して御者台から飛び降りた。
鈍い音がして、さっきまで座って居た場所が裂ける。
オオコウモリは、谷を低空で通過すると、ぐるっと回ってもう一度襲ってきた。
パトリシアが危ない。
片手ほどもある爪で抉られたら、馬でも一撃だ。
馬の尻をバシバシと叩いて、谷の端へ避難させようとするが、オオコウモリはこちらに見向きもせず、ルシィとアデリナに襲いかかる。
ルシィが杖を構えるが……攻撃の魔法なんて使えないって言ってたじゃないか!
そのルシィをアデリナが突き飛ばし、同時に腰から何か抜く。
ナイフか。しかし、そんなもので巨大な獣が怯むはずもなく、爪を振り下ろす。
金属と堅いものが当たる音がして、間一髪でアデリナが躱した。
凄い動きだった、捕まれば簡単に空に持っていかれるだろうに。
オオコウモリは舞い上がり、今度は上から狙いを定める。
「ルシィ! 昨日の、結界!」
身を持って知った痛みだ、あれにかかれば逃げ出すだろう。
ルシィが結界を張る間に、自分の世界から持ってきた荷を探る。
ボウガンでも持ってくれば良かった。
護身用具は持ってきたが、出てきたのは催涙スプレーと特殊警棒。
これでは無理か、それとも催涙スプレーなら何とかなるか。
「サガさん! 早く!」
あと一手で、結界を張り終える。
パトリシアには済まないが、結界に逃げ込もうとした時、馬車と俺、ルシィとアデリナの間に、オオコウモリが舞い降りた。
でかい。空を飛ぶとは思えないくらいの重量感だ。
催涙スプレーをかけるにも、ルシィ達の方から、こちらを向いてもらわなければ。
一歩踏み出した時、その獣は振り返ること無く、足を後方に蹴り上げた。
足と爪が、信じられないくらい伸びて、俺の胸の真ん中に突き刺さった。
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