第13話 ルクレツィア・リコットその1
わたしの産まれた村は、北のはずれにある。
出来た頃は本当に辺境だったらしいが、ここ数十年で、周りの開拓も進み、道路も出来て便利になった。
リコル村のリコット、つまりご先祖さまが開拓を始めて、その名前の付いた村だけど、リコット家は十軒ほどあるので特に珍しくも重要でもない。
わたしが、七つか八つの頃、村の男衆で木を切りに山に入った。
木材がこの辺りの主要産物だ。
父もその中に居たが、運が悪く、魔物が出た。
黒い毛皮と赤い目を持つ、四足の巨大な魔物だったそうだ。
父の他にもう一人が亡くなり、もっと大勢が怪我をした。
それから一年余りが過ぎた頃、母に再婚の話が出た。
当然だ、女手一つで暮らしていくよりは、夫が居たほうが良い。
母は、私と弟を産んでいたので、トントン拍子で話は進んだ。
子供を産んだ女性の方が、再婚は有利だから。
母は、叔母に手紙を書いた。
わたしを弟子に出来ないか、見て欲しいと。
わたしは、小さい頃から、マナや精霊が見えることがある。
誰でも見える訳ではないが、それほど貴重でもない。
ただ、魔法使いになるには有利だそうだ、見るための修行をしなくても良いから。
初めて会った大叔母、わざわざ村まで来てくれて、杖から空中に数字を出して、「読めるかい?」と言った。
わたしはすぐに答えた。
この村の子供は、集まって読み書きも教えてもらっている、馬鹿にしないで欲しい。
「預かろう」
それでわたしの運命は決まった。
大叔母が泊まった一日の間で、村を離れる準備を済ませた。
友達とは泣いて別れた、母には「なんでわたしだけ!?」と泣いてすがった。
父が生きていれば、こんな事にはならなかったのに。
大叔母の住む街に着いてからも、最初は寂しさと不安で、泣く日が多かった。
しかし、職人に十歳で弟子入りする子は珍しくない。
家業を手伝う子は、もっと早くだったりする。
ある日、教会の子と出会った。
アンナという小さな女の子で、その時にわたしは、教会の子と言うのは、孤児院に居る子だと知った。
「わたし、おおきくなったら神父さまをてつだうの。だから魔法もおぼえたいの」
教会の治療院のことだろう、治したり痛みを和らげる術は、魔法と同じだ。
それからわたしは前向きになった。
元々、湿っぽいのは好きではない。
この街で魔法を覚えて、友達も作って、元気にやっていくことが、母を一番喜ばせることになる。
ただし、三つの願いの真ん中は叶わなかった。
大叔母、お師匠さまと、姉弟子は懇切丁寧に、わたしに魔法を教えてくれた。
本も沢山あったし、実技もどんどんやらせてくれた。
ただ、子供たちの集まる私塾には、行かせてもらえなかった、必要がないから。
そうして数年が経ち、姉弟子は巣立って、わたしは師匠の代わりに、簡単な魔術を行えるようになった。
ただし魔法、特に魔法陣の形成が苦手だった。
複数の法則を組み合わせ、何千通りの中から、正確な式を正しく描く。
時に、必要な素材を加える。これがどうしても覚えきれないのだ。
「ルシィや、あんたは精霊使い寄りなのかもねえ」
マナの流れを見たり、精霊を見つけたりお願いするのは大得意なのだが、如何せん今の世の中では需要がない。
炎を踊らせたり、風の声を聞くよりも、荷物を軽くしたり文字を遠くへ送る方が、ずっと大事で儲かるのだ。
売れない魔法使いなんてなる意味ないわよ? とは姉弟子の言葉……
わたしが何とか魔術師の試験に受かった頃、お師匠は体調を崩した。
二人居る姉弟子が見舞いに来て、その席で、この家はわたしが継ぐと決まったが、そんな事よりも長生きしてくださいとだけ言った。
「お前の祖母、わたしの妹のルクレツィアとよく似ている。同じように、ルシィと呼ぼうかね」
そう言ってわたしを育てくれた、お師匠さまは亡くなった。
お師匠さまの教えに恥じぬよう、立派な魔道士になるのが、わたしの務め。
とは言え、近所やお店のおばさま達とは仲良くなったが、教会のアンナ以外に友達もなく
恋人と呼べる存在もなく、魔道士の資格認定まで、魔術師の実務を十年……
それをこの田舎街で過ごすとなると、都会に出た姉さま方が羨ましい。
体よくボロ屋を押し付けられただけな気がする、維持費も凄いんですけど!
今日も探索陣を作って、素材探しの旅に出る。
実際に何処かへ行くのは、この陣だけで、見つけた物を杖で捉えて引っ張り出す。
もちろん、他人の家にあるような物は駄目。
遥か北の、人跡未踏の地から、珍しいものを見つける為の魔法だ。
何か見つけたけど、うーん? なんだこれ? 変だなマナもない。
あれかな、マナも弾くと言う、遮魔石かな。あれは高く売れるはず。
何だこれ大きいな、ルクレツィアさまを舐めるなよ! えい!
全力で引っ張り出したのは、人。
飛び上がって、床に顔から落ちた。
血まみれの顔を見て、とんでもない事をしてしまったと思った。
それにしても変な顔。あっ、そっか鼻が潰れてるからか。
ポンペイ! ポンペイ! ちょっと来て、この人を運んでー!
これが、わたしの冒険の始まりだった。
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