第12話
二度来るチャンスの、二度目が来た。
「もちろん喜んで、何でもお好きなものをどうぞ」
「お邪魔するわね。マスター、同じものをちょうだい」
一言断わって、赤髪の美女は、隣の椅子に腰掛ける。
透明な酒の入った、青いグラスが二つ出てきた。
長い髪のこちら側だけかき上げて、軽くグラスを掲げる彼女の仕草には、ルシィにない優美さが溢れていた。
「今日の出会いに」
歯の浮く台詞も、許される雰囲気を彼女にはある。
「二人の出会いに」
そう言って、彼女はグラスの半分ほどを飲んだ。
同じ様にぐいっと飲むが、これは、ウイスキーか!?
てっきり、この世界には穀物や果実を発酵させた、醸造酒しか無いと思っていた。
だがこれは蒸留酒、ウイスキーかブランデーだ、しかもかなり濃い。
酔わせる前に酔い潰れてはかなわない、マスターに目で合図を送る。
『任せてくれ』と、マスターは目で返事を返してくれる。
「は~、美味しい。同じのを、もう一つちょうだい」
「じゃあ僕は、違うのを貰おうかな」
今度は麦酒かな、炭酸は入ってないからビールではないが。
「あら、そんな安いの飲んでないで、もっと良いの頼んだら?」
「そうだなあ、ここらの酒には詳しくないんですよ。マスター、お勧めはあるかな」
「そうそう、そうしなさいって。このお店の品揃え、素晴らしいわよ」
するっと飲み干した彼女は、三杯目が来る前に聞いてきた。
「お名前を伺ってもよろしいかしら?」
「失礼、申し遅れました。サガまたはサーガと呼んで下さい」
タカテラサガヤと言う名前は、この世界では異質で、旅の間はそう名乗ることにしたのだ。
「わたしは、アデリナって呼んでくださる? メディオラムから用事を、上司……いえ師匠に言いつけられて来ましたの。よろしくね、サガ」
「こちらこそ、アデリナ。私は、フェアンから、メディオラムまで行く途中でなんです」
「歩いての旅ですの?」
「いえ、馬車に揺られて。初めての旅路なので、見るもの珍しく楽しんでます」
それを聞いて、彼女の目がキラリと光った気がした。
三杯目に、グラスが二つ自分の前に置かれた。
「アグレスのお酒です。是非、味わっていただきたいので」
ナイスだマスター、二つを飲み比べて、飲んでるふりが出来る。
アデリナに、商人ですと告げると驚いていた。
「若いのに凄いわね。それにここの宿も、結構しますのに」
「連れに魔術師がいまして、それで安く」
「あら、じゃあ待ち合わせだったのかしら?」
「いえいえ。連れは子供なもので、先に寝たので一杯やろうかと」
なら、安心して飲めるわねと、アデリナはペースをあげた。
これから行く、王都メディオラムの話などを聞いた。
大都市らしく、色んな事件も起きるし、色んな人が居るらしい。
こちらからは、遠くから来てフェアンで一山当てて、行商に出てきたと話した。
自慢話を肴に飲む酒は旨い、それもスタイル抜群の美女と飲む酒だ。
俺は、出てくるグラスを、次から次へと飲み干し始めた。
「……! 起きてください!」
何事だ……朝? 確か十五杯か……そこらへんまでの記憶はあるが。
「あれぇ、なんだルシィか」
旅支度を整えた、ルシィが立っている。
「なんだとはなんですか! もう出る時間ですよ、うわっ!お酒くさい!」
二日酔いか、頭が痛い。
もう一泊という訳にもいかないので、渋々ベッドからずり落ちる。
……ゆうべはおたのしみ、だったはずなのだが。
日差しが眩しい。
何時もなら、とっくに歩き出してる時間だ。
馬に餌と水をやり、部屋に持ち込んでいた荷物を乗せる。
自分用の水も、多目に持っていこう、まだ酒が抜けてない。
城壁内で馬車に乗るのは禁止だ、ずるずると歩いて行く。
南の城門と、それに繋がる城が見える、領主である王女の居城だそうだ。
頭が痛くなければ、きっと感動しただろう……。
城門を抜けて両脇にならぶ店も抜け、広場に出る。
ここから、騎乗や乗車してもいい。
軽くムチを当てて、こつこつと馬が歩き出す、そこで声をかけられた。
「やあ、やっと来た!」
そう言って、ガウンのフードを深く被った女性が、荷台に飛び乗る。
「待ってたんだよ、乗せて貰おうと思ってね」
雰囲気が全く違うが、この声は聞き覚えがある、と言うか、この街で他に喋ったのは、ホールを仕切ってた店主くらいだ。
戸惑うルシィに、このまま行って行ってと声をかけて、こちらを見てにこりと笑う。
もう間違いない。
人の流れがまばらになったあたりで、ルシィが聞いた。
「あの、失礼ですが、何処かでお会いしました? わたしは、フェアンの魔術師のルクレツィア・リコットです」
魔術師っぽい服を来てるので、同業者かと思ったようだ。
俺も、この時までは、魔術師か魔道師だと思っていたが。
「ああ、違うよ、私は魔法使いじゃないんだ。レクトルなんだ」
アデリナは、そう言いながらフードを取って、ガウンの前をはだける。
黒の貫頭衣に白いケープ、それよりも、陽の光を浴びて燃えるような髪に見覚えがある。
レクトルとは、個々の教会や修道院に属するシスターとは違って、それらを束ねる教会組織、とりあえず教皇庁としておく、そこの下級位階だそうだ。
「誰でもなれる、そんな偉いものじゃないよ」とは、アデリアの弁。
「その、聖職者さまが、どうして私達の……?」
ルシィは、まだ困惑してるようだが、その質問はまずい。
聖職者さまは、笑顔で答える。
「アデリナって呼んで良いよ。昨夜、そっちのサガにお世話になってね」
「昨夜!?」
「一晩、楽しませてもらったついでに、メディオラムまで送って貰おうと思ってさ。いやー、宿酔いで頭が痛い」
「楽しんだ!?」
いやいや嘘だ!
薄ぼんやりだが、ホールのマスターに揺り起こされ、もう一枚金貨を払ってから、ベッドに倒れ込んだくらいは覚えている。
言い訳をする訳ではないが、誤解はさせないでくれと、アデリアに訴える。
アデリアは、俺の訴えに笑いながら言った。
「そういえば、連れは子供だと言ってたのに、こんな可愛いレディじゃないの」
そして、またフードを被って、荷を枕にして寝てしまった。
それから、太陽が中天を回り、遅い遅い昼食をとるまで、ルシィは一言も口を聞いてくれなかった。
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