第8話

異世界を自転車で走り回ったのは効果抜群だった、俺の世界でホウキに乗って広告を撒くようなものだしな。

 まず地元の人が店にやってきて、市場を見に来た近隣の農民や通りががった旅人も、人だかりを見て足を止める。

 百円、二百円程度のプラスチックの商品が、物珍しさで売れる。

 狙い通り、街の女性たちに受けが良い。


 冒険者のような怪しい小集団も通るが、人出のほとんどは、換金作物を持って来た近くの村の人と、それを買うついでに荷を持って来た商人らしき人ばかりだ。

 その商人の旦那が、自転車も手鏡もまとめて売ってくれと、交渉に来たが断わった。

 残念そうにしていたが、文字と文様が刻まれた薄い青銅製の板、名刺の様な物をくれた。

『もし王都に商品を持ってくるなら、顔を出さないか』と言うことだった。


 商売は順調だ、どんどん売れる。

 セット売りにした化粧品は、銀貨で五十枚の値段にしたが、四十組ほどがあっと言う間に無くなった。

 化粧をして売り子をしてくれたルシィの効果だろう、この街の女性達がルシィと話し込んでは、買ってくれた。

 ただ、この街の住民からは、ツケや物々交換の申し出も多く、それが当たり前なのかルシィは嫌な顔一つしないので、素直に受けることにした。

 今後1ヶ月は、パンや肉や果実酒などが、この魔術屋に届くだろう。


「ありがとー! はいこちら!」

 声を枯らせる勢いで売りまくり、銀貨がじゃらじゃらと貯まる。

 もう三千枚は軽く超えた、金貨も十枚以上ある。

 目もくらむとはこの事だ、売って儲けるのは、本当に気持ちいい。


 太陽、この世界のお日様が、頂点を回る頃には、僅かな小物と一番安い地味な鏡が残るだけになった。

「お昼にしますか? パンに何か付けて持ってきましょうか?」

 ルシィの言葉に、やっとお腹が空いてたことに気付く。

 心地よい疲れもある、いっそ冷えたビールでぐいっとやりたいところだが……


 その時、お客もまばらになったきた商品台の向こうから、小さな声がかかった。

「ルシィ!」

 女の子だ、十歳くらいの女の子が、更に小さい子を数人引き連れてる。

「アンナ、それにみんなも、来てくれたの?」

 アンナと呼ばれた女の子が、嬉しそうに頷き返す。


 商品を見て、何これ? かわいい! 変なの!と子供達がはしゃぎだす。

 残ってるのは、どれも銀貨で六枚や十枚って物だが、こちらの大人の日当くらいになる。

 子供には買えないか、そうぼんやりと考えていると、ルシィがそっと寄ってきた囁いた。

「わたしが払うので、この子達に買ってあげて良いですか」と。


 いやいや、それなら好きに持って行ってくれて良い、元は銅貨で二枚や三枚程度の物だ。

 そう答えても、ルシィは頑として譲らない、ならば。

「アンナちゃん? みんなも、一つずつ好きなの選んで良いよ」

 その言葉に、ほんとに!? わたしはこれと手鏡や髪留めに群がる。


 一人の子が、レオンのぶんも持って行って良い?と聞く。

 兄弟か? 子沢山なんだなと思ったところ、ルシィが説明してくれた。

「この子たち、教会の孤児院の子なんです」

 なるほどね……最年長らしきアンナが、こらあんた達! と飛び跳ねる子供達を捕まえようとしてる。

「アンナちゃんも、選んで良いよ。喧嘩にならないよう、全員分ね」

 それを聞いても、アンナは申し訳なさそうにしたまま、俺とルシィの方を見て、ルシィが頷くとやっと手鏡に手を伸ばした。


 子供達は、口々にありがとうと言いながら去って行った。

 ルシィは手を振って見送ってから、本当にありがとうございましたと言った。

「まったく、心の底から、気にしなくて良いから!」

 良い事をするとかでなく、ルシィがしたかった事を手伝えて嬉しい、と言いたいがうまく出てこない。

 ルシィがぽつりと語ってくれる。


「師匠が亡くなった時、わたしは十五歳で魔術師にもなってたので、ここを継ぐことが出来ましたが、そうでなければ孤児院へ行くか、実家へ、と言っても母の再婚先に行くしかなかったんです」

 そうか、そんな理由が。

「今日は市の日なので、少しお小遣いを貰ったんでしょうね。けどここの物を買える程ではないですから……本当にありがとうございます、サガさん」

 お代に、とびきりの笑顔を貰えた。




 日が充分にある内に、全て売り切る事ができた。

 大半は、この街の人が買ってくれたが、これは意外だった。

 他所から来る人がお金を持っていて、小さな街の住人は日々の生活で手一杯、そんな先入観があったのだが、そんな事は全くなかった。

 もっと持ってきても、売れたかも知れない。


 売り上げは、箱一杯の銀貨と銅貨と、金貨が十数枚。

「重さで計りますか?」とルシィに聞かれたが、せっかくなので数えてみる。

 銀貨と銅貨を選り分けて、銀貨から百枚ごとに積み上げる。

 刻印の違うものが混ざってるが、どれもこの国が発行したもので、造った時代が違うだけだそうだ。

 日がすっかり沈むまでかかって、全て数え終えた。


 銅貨が1260枚、銀貨が4086枚、金貨が14枚。

 金貨にして八十四枚、これにツケや物々交換が一割ほどあった。

 仕入れに使ったのは、自転車も含めておよそ二十万円。

 ルシィと半々にして、金貨四十二枚を貰ったとしても、一枚が一万五千円ほどになるから、四十三万円ほどの設けになる。

 たった一日でだ。


 恍惚のあまり、雑誌の広告のように銀貨を放り投げて頭から被りたい、そんな衝動を抑えて居ると、ルシィが部屋へやってきた。

「終わりましたか? ご飯でもどうです?」

 ありがとうと言って、キッチンへ。


 並べられた食事は見るからに豪華だ、川魚の身が入ったスープ、暖炉で串焼きにした肉、パンは二種類あって野菜や果実に、チーズに飲み物が並ぶ。

「凄い、どうしたのこれ?」

「今日は、色んな食材を交換して貰いましたから。それに、無事に売れたお祝いです」

 乾杯、良い事があった時にする儀式だと伝えてから、食事を始める。


 今日の出来事や、売り上げの報告などしながら食べるが、ルシィに何時もの元気がないように感じる。

 どうしたんだろう、まだ体調が優れないのか。

 気遣いの言葉をかけようとした時、ルシィが顔をあげて聞いてきた。

「サガさんは、これで自分の世界に戻られるんですか?」

 予想外の質問だった。

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