第7話


 金貨を一枚借りてきた。

 ざっくりと聞いた話では、サグレサ王国には銀山があり、銀貨は造幣するが金貨はあまり作らない。

 代わって、他国で造られた信用のある金貨が流通している。

 この国で買い物の中心は、デナルと呼ばれる小ぶりの銀貨。


 一単位がデナと呼ばれる重さの銀から、銀貨を百二十枚作って、それがデナル銀貨になる。

 銀貨は六十枚で、ソルと呼ばれる金貨一枚になり

 金貨は二十ソルで、一リルと言う通貨単位になるそうだ。

 あとは銅貨が十枚で銀貨一枚、これだけ覚えておけば良いだろう。


 一円玉よりも薄いソル金貨一枚だが、金の買取店で見てもらったところ、四グラム程でほぼ純金製。

 純度は、九十九パーセントを超えるそうだ。

 店員に「見たことの無い金貨だから、是非預からせて欲しい」と言われたが、丁重にお断りした。

 ついでにコイン商にも持ち込んでみたが、同じことを言われた。

 これなら、売るのに困らないだろう。


 異世界に行くのも慣れたもので、上下が逆さまの穴を上手にくぐる。

 木製ゴーレムのポンペイが待っててくれ、扉を開けて案内してくれる。

 便利なやつだ。

 何時ものキッチンに通され、しばらく待つとルシィがやって来たが、様子が違う。

 丈の長い寝間着のような服にガウン、髪も結わずに垂らしたままだ。


「こんな格好ですいません」とルシィが謝る。

「どうしたの? 風邪?」

 中世では、風邪で死ぬこともあったと言う、風邪薬でも持ってこようか。

「いえ、体を包むマナが抜けたことで、急激に疲れたみたいです。サガさんを見てると、大丈夫だと思ったのですが……」

 そう言えば俺も、最初に戻った時は、疲労に襲われた。

 このところは大丈夫だが、気をつけよう。

 直ぐに元に戻りますから、とルシィは言ったが、休んでて貰うことにした。


 今日のところは、一人で何の問題もない。

 行ったり来たりして、買ってきた荷物を運ぶ。

 一応、行き来の回数を減らすために、背の高いリュックを使うことにしたが、重いものや嵩張る物もないので、準備さえ出来ればあっと言う間だった。


 あちこちで買った、手鏡を三百枚ほど、プラスチック製のアクセや小物は百個余りと組み立て自転車を一台。

 化粧品は、簡単なパウダータイプの基礎化粧品と、リップや口紅とリップブラシ。

 リキッドタイプは選ばず、恐る恐る開けてみたが劣化した様子はない。

 ほっとしたところで、許可を貰ってルシィの寝室へ入れてもらった。


 殺風景と言うほどではないが、女の子の部屋にしては色味に欠ける。

 窓ガラスは、確かに透明度も低く歪んでいて、カーテンは麻か繊維を編み上げたものに見える。

 今度、柄物のカーテンでも買ってこよう。

 これを使ってみないかと、ファンデーションとリップを渡した。

 使い方を教えて、じっと見ていると「恥ずかしいから出て行ってください!」と怒られた。


 急いで飛び出すと、何故か一緒に追い出されたポンペイが、隣に立っていた。

「女の子の気持ちは分からんなあ」

 ぽんっとポンペイの肩を叩いた。

 妙に落ち着かず、出産を待つ旦那のようにうろうろしていると、もう良いですよと声がかかった。

 とりあえず、ノックをしてから入る。


「ほーこれは……」

 かわいいねと言おうとして失敗した、面と向かって言えるタイプではない。

 ルシィは、髪もきちりと結っていた、それで時間がかかったのか。

「どうですか? 手鏡があると良いですね、何処でも髪を整えることができます」

「う、うん、よく似合うよ」

 白すぎない肌に、ピンクのリップが良く似合う、今度はチークも買ってこよう。


 ご機嫌になったルシィは、だいぶ元気が出てきたようだ。

 寝てて良いと言ったが、手伝ってくれる。

 魔術屋も兼ねたこの家の、通りに面したところに販売用の台を並べる。

 周囲を見ると、他のお店も明日の準備で忙しそうだ。

 昔は、市が立つ日はお祭りだったと読んだ事がある、これは期待できそうだ。


 近所のおばさんらしき人が、ルシィに声をかけた。

「あらあら、おめかしして、どうしたの? こちらは? 旦那さん?」

 違いますという間もなく、おばさんは続ける。

「ルシィちゃんいつの間に! 街の男の子達が悲しむわねえ。で、何処の方?」

 これは全世界どころか、全異世界共通なのか……


「大叔母様を頼っていらしたのですけど、亡くなったのを知らなくて、代わってお手伝いしてるんです」

 ルシィの返答はこれだった、そういう台本か。

 筋書きに沿って、挨拶だけすると、ルシィが代わりに営業してくれる。

「明日は、変わった物も沢山売るので、見に来て下さいね。ええ、こちらのサガさんが持ってきた商品です」

「でも高いんでしょう?」

「いえ、それがそうでも無いですよ」

 ね? と話を振られたので、任せて下さいと答えた。


 今気付いたが、サガヤさんから、サガさん呼びになっている。

 昨日出かけた時も、翻訳ペンダントを通さないと、小ルシィはサガサガと呼んでいた。

 最初からそうだったのかも知れないが、この魔法翻訳は、微妙な距離の近さまで表現出来るのだろうか。

 何時か、サガヤとかサガとか呼び捨てになるのかな。

 あなた、でも良いけど……と、下らない事を考えてると、ルシィが怪訝そうにこちらを見て言った。

「どうしたんですか、サガヤさん。変な顔をして」

 はい、ごめんなさいと手を動かす。

 機械翻訳よりも凄いじゃないか、魔法翻訳。


 いよいよ明日は、決戦の日だ。



 木でポップを作り、持ってきたペンキで値段や注意事項を書く。

 この世界で、文字の読み書きは? と聞くと、商家なら出来ますとの事だった。

 化粧品を買った人には、油で落ちますと伝えておこう、この世界のオイルは天然物だし、植物性のものが豊富らしい。

 街の人も店を開け、宿から旅人が出てきた頃合いに、奥の手を出すことにする。


 松風号、絶影号、バイアリーターク号、名前は何にしようか、苦労して持ち込んだ折りたたみ式自転車の出番だ。

 背にはルシィに書いてもらった幟『鏡・化粧品・珍品名品あります』を付けて、自転車の前には、鏡を括り付ける。

「ほんとうにやるんですかぁ……?」と、ルシィは心底嫌がる様子だったが、綺麗事は言ってられない、宣伝は大事だ。


 小型の自転車に乗って、街中を走り回る。

 どうせ誰も俺のことを知らないと思うと、行動も大胆になるものだ。

 小さな街だ、人家が途切れるあたりまで来ると、遥か先に森や山、地平線が見える所まである。

 水平線しか見たことがないので、感動してしまった。

 この街を宿場町にしている街道が、地平線の先へ落ち込んでいる、たぶんこの世界も丸い。

 何周かした頃には、子供達が付いて回るようになった。

 笑顔で手を振り、お母さんを街外れの魔術師の店まで連れてきてねと、頼んでおいた。


 店に戻ると、既に数人が商品を見ていた。

 ルシィが、やっと戻って来たのかと言いたげな顔で睨む。

 さあいよいよ、これからだ。

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