第4話
一緒に金儲けをやらないか?
簡単に言うとこれに尽きるのだが、慎重に説得する。
単なる金儲けではなく、お互いの世界に役立つ理論で攻めてみるが、ルシィはいまいち乗り気にならないようだ。
俺は損したのだから責任取って手伝え! と言うのだけは我慢した。
「そんなに上手くいきますか? お話では、サガヤさんの世界の方が豊かな気がしますし、お互いに欲しい物がないと」
痛いとこを突かれた。
ここが魔法の世界と納得しても、実のところ、何があるのかさっぱり知らない。
「それなら、この街を見て回りませんか?丁度、夕食のお買い物に行きたかったところなんです」
上手いことはぐらかされた気がするが、買ったり売ったりするなら、街の中に出るしかない。
品定めも兼ねて、付いていくことにした。
フェアン。
ルシィが教えてくれた、この街の名前。
家を出ると、もう直ぐ夕方といった頃合いか。
焼き煉瓦を敷き詰めた大きな道路が、街の真ん中を貫いている。
ここは、南北に伸びる街道の、宿場の一つなんですと教えてくれた。
その街道と並行して伸びる路地に沿って、住宅や商店が並んでる。
穀物を量り売りしてる店、どでかい肉をぶら下げた肉屋、赤や黄色の果実や野菜を並べた店、陶器屋、金物屋、雑貨屋に宿屋らしきもの。
想像してたよりも、ずっと沢山の物がある。
ルシィは、ハムを一つと卵に黒っぽいパン、赤い果実を買って歩く。
付いて回るこちらの姿を見て、店の人から声をかけられた。
「お、彼氏かい?」
遠くから来た商人さんですと答えていた、まあ間違ってはない。
商店街のはずれまできて、店先に何も並べてない店に入った。
「ジエットさん、こんにちわー」
ルシィが店の奥に声をかけると、ローブに杖を持った、ルシィと似た格好の老人が出てきた。
「ほう、ルクレツィアかね。そしてこちらは……」
俺の胸にかかった翻訳ペンダントを見て。
「あの時の坊やかね、元気になったようで何よりじゃ」
ああ、このペンダントをくれた人か。
坊やって歳でもないんだけどなあと思いつつ、自己紹介をすませる。
「それで今日はどうしたんじゃ?」
ジエットさんは、ルシィへ向き直って尋ねる。
「サガヤさんは商人さんなのですが、自分の国でも売れそうな商品を探してて、それでお店を見せてもらおうと思ってきたんです」
「それは商売熱心じゃな。ゆっくり見ると良い」
ジエットさんは、快く許可をくれ、どっこらせと椅子に腰かけた。
興味というより、値踏みといった感じで見られている。
店内には色々なものがあるが、こうも見つめられると落ち着かない。
思い切って、声をかけることにした。
「あの、ジエットさんは魔道士なんですか?」
そうじゃ、と簡潔な答え。
「なら、ルシィとは商売敵になるんじゃ……?」
疑問に思っていたことを、素直にぶつけてみる。
ほっほ、と軽く笑い、ヒゲを撫で付けながらジエットさんは語りだした。
これは、年寄りの長い話のパターンだ。
「わしとアンリエッタ、ルクレツィアの師匠じゃな、わしらは同じ魔道士に師事したんじゃよ。五十年は前になるか、その頃はこの街もまだ小さくての、魔道士と二人の見習い魔術師で余るくらいじゃった。それから北方の開拓が進むにつれて、街も大きくなり、わしとアンリエッタが独立しても忙しいくらいじゃった。まあそんな訳で、商売敵と言うほどのものではないぞ。この街に、パン屋は7件もあるからのう」
なるほど、遡れば同門という訳なのか。
それにな、とジエットさんは続ける。
「ルクレツィアが、この街に来た時のこともよく覚えとるよ。大姪に筋の良さそうなのが居るから、預かって鍛えてみると言っておったな。無事に魔術師まで育ったというに、その矢先にぽっくり逝きおって……」
ルシィもジエットさんも、しんみりとしてしまった。
こんな空気の時、どうすれば良いんだよ。
上手いこと話を継げず、そこいらに目を泳がせていると、よいしょとジエットさんが立ち上がり、俺の目の前に立った。
正面から見つめられて更に目が泳ぎ、愛想笑いが出そうになる。
これは面接か、覚悟を決めて、睨まないように見つめ返す。
「ふむ、まあ良しとしよう。ルクレツィアを騙そうとしたり、ひとり暮らしの娘のとこに転がりこもうとした訳ではなさそうじゃな。で、お前さんは、何処から来た?」
バレてるのか。
観念して、ここまでの成り行きを話す。
それに、話した限りでは、この爺さんは悪い人ではなさそうだ。
「なるほどのう……遠隔地や知らぬ世界から、生きた物を呼び寄せたというのは、大昔からそれなりにある事じゃが、行き来が出来るとは珍しいのう。この世界の中でも、人を移転させるような魔法は完成しとらんのに」
魔法といっても、何でも出来る訳ではなさそうだ。
「それで、何か珍しい物を持って帰れればと」
恐る恐る聞いてみると、あっさりと許しが出た。
ここの魔法は、大仰な秘密主義とは無縁のようだ。
どんなものがあるのか、店の商品を一つずつ聞いてみる。
薄くなめした毛皮の束
書物や絵に置くと、丸ごと転写してくれるもの
炭の塊のようなもの
一粒で水の汚れを吸い取り、飲めるようになる
呪文の掘られた中空の棒
息を吹き込むと火が出るそうだ
手のひらサイズの水晶球
日の昇る方角と日の位置、つまり磁石と時計か
一揃いの鐙と鞍
荷を軽くして振動を減らす、早馬に必須の高級品、これは凄い
他に、北風を防ぐ外套、入れたものが腐り難い袋、明るさを調節出来るランプ
しかし、便利グッズの延長のようなものばかりだ。
岩を吹き飛ばすような魔法は無いのか、と聞いてみる。
「この街は旅人が多いのでな。そういう事がしたければ、ほれ」
つるはしを渡された。
「もう聞いたであろう? この世界はマナに満ちておる。岩や大地もそうじゃ。より強くマナを込めれば、簡単に砕けるんじゃよ。わしらは、人の作った道具にマナを込め、暮らしを楽にするのが仕事じゃ。マナを集めて、必要なぶんだけ補充する。簡単なことではないが、そこのルクレツィアにも出来ることじゃて」
魔法頼みでなく、技術や人力を補完するのが、この世界の進歩か。
だがそれでは困る、もっと派手な、わかり易い物が欲しい。
もう一度見回すと、壁にかかった刀剣や盾が目に付いた。
「これは、魔法の剣や盾だったりしますか?」
あまり期待はせずに聞いてみる。
「そのとうりじゃ」
えっ!? あるんじゃないですか。
「どちらも、軽くなる魔法がかかっておる。残念ながら、火を吹いたりはせんがな。あとはマナを込めれば、軽くて切れ味の良い剣になるぞ。そうすれば、マナを纏った魔物や竜種とも戦えるやもしれん」
やっぱり居るんだ、ドラゴン……
「戦うなんて駄目ですよ! そんな危ないこと!」
それまで黙ってたルシィの声が響いた。
先程の身の上の話を思い出す、ルシィの父は魔物に襲われたのだった。
魔物は、マナの濃い場所で育ったか、元々蓄えて生まれるか、その両方。
頑強で素早く、また巨体で、普通の人間の手に負えるものではない。
マナを武具に込めることで、何とかそれらを追いやり居住圏を拡大しつつある。
それが、この世界の人の歴史だそうだ。
「直接、人を強化することは出来ないの?」
ふと湧いた疑問に、ルシィが答えてくれた。
「人の体にもマナは流れてるんですが、魔物に比べるとずっと弱いです。しかも、貯め込むことがほとんど出来ません。このマナとの親和力、吸収と持続が、種族や物体によって大きく違うんです」
持っている杖をかざして、ジエットさんが引き継ぐ
「この杖、これはドリュアスの杖と言って、オークの老木の芯材から作る。大量のマナを、長期に蓄えることのできる優れものじゃ。鉄などは、マナをよく吸収するが流れ出るのも早い。農具にせよ武具にせよ、年に一度は補充にくるもんじゃ。それがわしら、田舎に住む魔道士や魔術師の、主な仕事じゃよ」
ルシィの家に転がっていた農具はその為か。
想像してたよりも、ずっと地に足の付いた仕事だな、魔法使いって。
「サガヤとやら」
まだ話は終わってなかった。
「お前さんの体には、マナが流れておらぬ。最初は動く死体かと思ったが、違う世界から来たのなら納得も出来る。普通の者には分からぬが、魔術をかじった者が見れば、すぐに分かる」
ジエットさんは、俺とルシィと双方を見ながら、最後に付け加える。
「異世界から来たと、あまり大っぴらにせぬ事じゃ。特に、教会の連中には明かさぬようにな」
そこで話は終わった。
お礼を言って店を出る時、困ったことがあればまた来なさいと言ってくれた。
ジエットさんは、師匠を亡くしたルシィにとって、この街で一番頼れる人なんだろう。
だから、ここへ連れて来られたのかも知れない。
商品を見るよりも、話を聞く方が長かったが、色々と知ることが出来た。
ただ、売れそうな物は見つからなかった。
どれも一品物か数が少なく、更に値段は金貨で数枚から数十枚。
マナを付与するのも、銀貨か金貨で支払うのが普通で、持って帰ってもネットオークションで売りさばける値段になるとは思えない。
こうなると、残された手段は、現実世界で買って、こちらで売るしかない。
幸いにも、この世界は、農業や鉱業の生産性が地球の中世より遥かに高く、魔法道具の売買も成り立つくらい貨幣経済が機能してる。
あとはこの世界で売れる物を探すだけだが、それには、ルシィに協力して貰うしかない。
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