第5話


 帰り道、気になっていた事を聞く。

「ジエットさんが最後に言っていた、教会って?」

 あれですよ、とルシィが指差す。

 十字架が無いので分からなかったが、石造りの大きな建物だ。


「別に、悪い組織とかではないんです、この街の神父様は良い方ですし。ただ、魔法の捉え方が、私達とは違うんです」

 宗教と魔法か、ありそうな話だが。

「魔術に関わる者は、これを一つの学問や理論としてみていますが、教会の方々は、精霊やマナも含めて神与の奇跡と信じてます。そのせいで、長いこと仲が悪くて」

 まるでルネサンス期のみたいだな。


 ただ、教会も否定するだけでは無いとルシィは言った。

 末期の者や重態の者、そういった人々を受け入れて、魔法も使い、痛みを和らげて看取り、葬儀をもって送り出す。

 千年以上、そうして民衆に根付いてきたそうだ。

「大叔母様も、きちんと式を執り行って頂きました」

 生まれる時の産婆と、死ぬ時の坊主が欠かせないのは、この世界も同じか。



 家に戻ると、ルシィが夕御飯をごちそうしてくれた。

 肉と野菜に卵を落としたスープと黒パン、炙ったチーズとぶどう酒を水で割ったもの。二人分にしては多いくらいで、栄養も充分だろう。

 食材はありふれた物だが、火の通った食事を可愛らしい女の子と食べるのは、一人で食う弁当とは比べるべくもない。

 楽しく、とても美味しいものだった。


 食後に、是非とも、自分の世界にも招待したいと伝えた。

 ルシィが、この商売に乗り気ではない気がしていたので駄目元で、いや商品なんか選んでくれなくても、来てくれるだけでも嬉しい、気がする。

 ルシィは少し考えて、実は……と打ち明けてくれた。


「最初にお話を聞いた時は、上手くいくかよりも、いきなりでその……信用出来るか、分からなくて。ごめんなさい」

 当然だな。


「今日、色々と見て回ったり、ジエットさんと話してるのも見て、悪い人ではなさそうだと思って。それで、あの……お金儲けは、大歓迎なんです!」

 あれ?


「魔法の勉強って、凄くお金がかかるんです、素材や本とか。マナだって、マナが詰まった宝玉や魔物の骨、そういう物を買ってから、他の道具に移転するので、その仕入れに先立つものが要るんです。あとは魔術師ギルドの割当金や税やら、実はかつかつで……」

 これまた、思っていたのと違う。

 それに加えて、彼女は口にしなかったが、俺の使ってる翻訳道具に、結構な大金を支払ったはずだ。

 そこまでぶっちゃけて、彼女はすっきりとした顔になっていた。

 これは何としても、ルシィと俺の為に稼ぎたい。


「なら、明日にでも、俺の世界を見に来てよ。何か気に入ったり、売れそうな物があれば、ここの店先で売ろう。儲けは折半で良いから、きっと上手くいく!」

 我ながら、かつてない強気と積極さが出てきた。

「はい、わかりました。お願いします」

 ルシィも決心してくれた。

 不思議と心が躍る、デートの約束って訳でもないのに、浮かれそうだ。


 明日が待ち遠しいが、一度帰らねばならない。

 来た部屋へと戻り、やって来た魔法陣の前に立つ。

「ところで、これ本来は、何の為の魔法陣?」

「その魔法陣は、到底行けない場所の、魔法に使う素材や触媒など、運が良ければ魔物や竜の骨、そういった物を探す探索陣と呼ばれるものです。上手くすれば、買うよりずっと安いので、思い切り遠くに設定したんです……」

 それが俺の尻の下に繋がったと。

 この子、天才なんじゃなかろうか。


「それで、どれくらいの期間、繋がってるのか、分かる?」

 ルシィは、探索陣と並んでいる、小さい方の魔法陣を指さして言った。

「こちらからマナを供給してやれば、しばらくは大丈夫です。普通は魔法陣が徐々に縮むんですが、まだその兆しもないので」

 小さくなり体が通らなくなる、それがタイムリミットになるのか。

 今でも、そう大きくはないので、これを通る商品を見つけねば。


 聞いておきたい事は、あと一つ。

「明日、また来るけど、来たらどうすれば良い?」

「そうですね、またあのランプを使ってください」

 目潰しに使えそうな、失敗作のランプか。


「この家には、人が入ると分かる魔法をかけてあります。けれど、サガヤさんは、体にマナが無いので感知出来ないみたいです。あのランプは、私の作った物なので、家の中で使えば気付きますから」

 流石は、高価な物がある魔術師の家ってところか。


「それじゃ、また明日」

「はい、それではまた明日、お待ちしてます」

 戻ったら、急いで部屋を片付けよう。



 朝も早く、世間と同じくらいに目が覚めた。

 だらだらしてたここ数年、なかったことだ。

 さっそくと思ったが、あちらと時間がシンクロしているのか分からない。

 時計か、時計を持っていけば売れるのか?

 ただ、精密機械を持ち込むのは気が引ける。

 なんとなくだが、あの世界を乱すような事はしたくないと感じていた。


 結局、昼前になるまで待って、穴に潜り込む。

 待ってる間に、近所の洋菓子屋で買った、ケーキ、チョコ、スフレ、エクレアなどを土産にしてカバンに詰めた。

 ルシィが喜んでくれるかと思ったら、少し奮発してしまった。


 荷物だけを先に通そうとすると、穴は閉じたかの様に受け付けなかった。

 カバンを抱えないと通り抜けられず、ぎりぎりのところで穴を抜けた。

 三度目の訪問。

 見慣れてきた魔法陣の部屋に、見慣れる物が立って居る……人の背丈ほどの木の人形、これがポンペイさんか?

 ポンペイさんは、こちらの姿を認めると、そのまま扉から出て行った。


 凄い、本当に動くんだ。

 ルシィに報せに行ったと思うが、一応ランプも捻っておく。

 きちんと目を閉じたが、その光が収まらぬ内に、ルシィが飛び込んできた。

「いらっしゃいませ! お昼は済んでます? 一緒にいかがですか?」

 歓迎されてる事が、とても嬉しい。


 豆の浮いたスープに、干し肉と昨日のパンと果実酒をご馳走になる、これまた素朴だがとても美味しい。

 食後に、用意してきたデザートをと思い鞄を開けると、中身がおかしい。

「な、なんだこれ?」

 どうしました、と断わってからルシィもカバンを覗く。

 詰めてきた菓子が、全て溶けたような黒い物体になっていた。


「いや、これは、お土産に食べ物を……」

 しどろもどろになった説明に、ルシィがあっさりと答えをくれた。

「探索陣で、果実とかを採るとそうなるんです。生ものとか、直ぐ腐ったり痛む物を通すと崩れるらしいですよ」

 ならば、生鮮食品は駄目なのか、缶詰や乾物はどうなんだろう。


 この世界に通じる穴、ルシィの作った失敗した探索陣は、直径は成年男性が通れるほどで、抱えるか背負うかしないと運べない、ついでに生ものは無理。

 人が通れるから、生き物は可能かも知れないが、試すのは怖い。

 こうなると、かなり限られるところだが、その為にルシィを誘った。

 欲しい物を見つけてくれれば、それを運べば良い。

 デートではない、あくまで視察だ。


 二人揃って通るのは無理なので、先に戻って待つ。

 穴を通ることに、ルシィには不安そうな様子はなかった。

 この穴を作った本人なわけだし、自信や確信があるのかも知れない。


 床から浮かび上がるように、ルシィの頭が出てくる。

 ついで腕、片手に杖を持ってて、大変そうなので手を差し出す。

 手を握って引き上げるが、軽い! これが女の子の軽さか!

 掴んだ手も小さくてかわいいが……小さすぎないか?


 現れたルシィは、縮んで、いやあきらかに若返っていた。

 何年分だろうか、どう見ても小学生くらいにしか見えない。

 だぶだぶのローブに、大きな杖がとても可愛い。

 いやいや、眺めてる場合ではないと、話しかけようとして気付く。

 ルシィが何か言ってるが、まったく分からない。

 その為に、翻訳ペンダントは付けたまま戻って来たのに。


 穴を指さした小ルシィが勢いよく飛び込んだ、慌てて追いかける。

 追いかけた先のルシィは、元の大きさに戻っていた。

 ペンダントを外してとジェスチャーされたので、外して渡す。

 そのペンダントを、小さな魔法陣から繋がる別の陣に置き、小さい方には、部屋にあった宝玉を一掴み置いて、ルシィが詠唱を始めた。


 この世界に来て、初めて見る、魔法を使う場面だった

 宝玉が光り始め、徐々に光が小さくなり、その分だけペンダントが光る。

 説明が無くとも分かる、これが彼女の言っていたマナの供給なんだと。

 最後に、光がペンダントに飲み込まれてから、渡された。


「分かります?」

 わかる、今度は言ってる事が分かる。

「びっくりしました、だってマナが凄い勢いで杖から抜けるんですもの!」

 いや、それじゃなくて。

「この杖のマナが全部なくなったら、詰め直すだけで幾らになるか!」

 やっぱりマナって高いんだ。

「体も縮んでましたし、ちょっと待っててくださいね、準備してきます!」

 そう言って、ルシィは部屋から出て行った。


 体が縮んだり、大きくなるのは、よくある事なのだろうか。

 この世界の魔法については、まだ知らないことだらけだ。

 それにあれは、幼くなってたと思う。

 ひょっとして俺もと思い、見渡すが、この部屋に鏡はない。

 他の部屋や、街中でも見てない、これは大きなヒントになるやも。


「お待たせしました!」

 ルシィが鞄を抱えて戻って来た。

 これは聞かなくても分かる、着替えだろう。

 今度は、ペンダントも杖も置いていく。

 やっぱり小さくなったルシィを引き上げて、着替えの間は外で待つ。

 ここで変な気を起こすと、台無しだ。


 ノックの合図で部屋へ戻ると、木綿の生成り色のスカートに、毛質の茶色の上着、紐でなく革のベルトと、長いウェーブのかかった髪には簡素な木製の髪留めと、麻で編んだ肩掛け鞄、これぞ天然素材といった可愛い女の子が立っていた。

 とりあえず拍手をすると、少し照れくさそうに一回転してくれた。


 同じ部屋に二人きりで居ると、まずい気がしたのでさっそく出かけることにする。

 準備の良い事に、革製のサンダルまで持ってきていた。

 全て自然素材で恐らくは手作り、むしろこっちの世界で高級品だろう。

 ただ、あっちの世界でも安物と言うわけでもないだろうが。


 今日が土曜日で良かった。

 平日に、異国の小学生っぽい女の子を連れてたら、必ず警察に咎められる。

 それも美少女と、冴えないおっさ……お兄さんとか、犯罪臭この上ない。

 ジェスチャーでしか意思が通じないが、ルシィは表情も豊かで助かる。

 まずは、電車に乗って繁華街へ行こう。

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