続・長門有希の惑星
涼宮ハルヒは願望実現能力なる、自分が望んだ物事を実現する能力を持っている、という話を聞かされたのは、確か俺が高校に入ってまだ右も左も、箸を持つ方とお茶碗を持つ方もわからないくらいの頃であったので、ゴールデンウィーク明けくらいであったと思う。ゴールデンウィーク明けともなれば、俺はその頃にはもうつかまり立ちもできるようになり、ゆびおり数を数えることもできたし、初めて発した「やれやれ」という俺の第一声に、俺の両親は幾ばくか俺の将来に心配を覚えたそうであるが、自我らしき自我も芽生えてきた頃であったのは疑うまでもない。
話は逸れたが、詰まる所「願望実現能力」というのは言うなれば幽遊白書を読んでいたちょっと夢見がちな中学生頃の男女が軒並み目覚めるという「邪王炎殺黒龍波」のようなものだと考えてもらって差し支えないだろう。
それはそうと、季節は秋で、朝比奈さんが未来から持ち出してきた「進化退化放射線源」によって巻き起された大騒動からも、もう随分とたった少し肌寒い日のことであった。
あの事件で古泉は朝比奈さんの誤射により人類の進化のルートを逆再生で再現し、見事猿にまで退化してしまったのであるが、俺は今日も今日とてSOS団の部室で猿とバナナを賭けたオセロに興じていた訳である。
猿の古泉は黒を盤面に叩きつけると、俺の方を見てニッと歯を剝きだすのだった。俺は猿の意図するところを読み取ろうと、じっくりと猿の目を眺めてみるが、猿の感情など読み取れるはずもなく、途方にくれながら白を盤面に置いた。
朝比奈さんが近所の猿園を襲撃してからというもの、街は猿で溢れており、よくよく考えたらこの古泉の制服を着た猿が古泉である保証はどこにもないのであるが、人間関係というものは信頼で成り立っているので、俺はこの猿を古泉と信じることにしている。或いは信じることによって、この猿が古泉に近づいていく、ということも起こりうるのではなかろうか。量子力学というのは確かそういう話だった気がするが、気がするだけなので気のせいかもしれない。
オセロは白熱の一途を辿り、白と黒の点によって描かれた盤面にエッシャーのだまし絵のような錯視による無限構造が出現するなど、不可解なことも起きたが、最終的にはいつも通り俺の勝ちとなった。勝利の余韻に浸りながら勝ち取ったバナナを食べる俺を、団長机に座って先ほどウィリアムシェイクスピアの「ハムレット」を書き終えた猿のハルヒが物欲しそうに見つめているが、餌付けは最後まで責任を持てるものがやることであると思った俺は、心を鬼にしてバナナを完食した。
窓辺で猿が本を閉じたので、今日のSOS団の活動はおしまい、ということになり、皆それぞれが帰途につく。
帰り道に通りかかった砂浜で、朝比奈さんが延々と壊れた磁石を拾っている様は、なんだか哀愁を誘うものがあるな、と、猿の俺は思ったのだった。
「続・長門有希の惑星」完
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます