第2話 犬は勘定に入れません――あるいは、消えたヴィクトリア朝長門有希の謎

 熱風に吹かれながらサハラ砂漠を歩いていると、日々のちょっとしたいざこざなどはどうでもよくなってくる。

 青い空、一面に広がる砂、そして燦々と照りつける太陽。


 ——そう、端的に言えば俺達は死にかけていた。


 先日ハルヒが「サハラ砂漠に行ってみたい」と言ったので地球温暖化と森林の伐採が一夜にして進行し、地球上の陸地は全て砂漠と化してしまった。北極や南極まで砂漠化してしまったのを考えると、ハルヒの偏執的なこだわりはもはや狂気の域と言えるだろう。一夜で地球上の木々を全て伐採した世界中の林業業者は、現在は長期休暇を取っているらしい。最も、これ以上伐採する木材は存在しないのだから、この休暇中に転職先を探さねばならないことを考えると、あまり羨ましい状況でもないことは容易に想像がついた。大量の失職者の発生するであろう状況を憂いてハルヒがまた緑を世界に取り戻すことを願ってくれれば良いのだろうが、ハルヒは先ほど強烈な太陽の日差しを用いて虫眼鏡でアリを焼くという後ろ暗い遊びに熱中してる最中に誤って焼死してしまった。

 次に朝比奈さんがオアシスの幻影に誘われていなくなり、古泉が流砂に飲まれてしまい、現在は俺と長門の二人で、この一面の砂漠をトボトボと歩いている訳である。

「長門、お前のトンデモパワーでなんとかならんのか?」

 と長門に尋ねると

「局地的な環境情報の改竄は惑星の生態系に後遺症を発生させる可能性がある」

 と野球の時に雨を降らせて中止にできないかと提案した時に言ったことと同じことを言うのだった。もはやこの惑星の生態系は壊滅的な打撃を受けているような気がしてならないのだが、やはり情報統合思念体に与えられた長門の役割は観測であるので、能動的な介入はあまり良しとしないのであろう。その観測対象はついさっき焼死したが。


 それから俺たちは、砂漠でサバイバル生活を送ることになったのだった。人類の文明の利器は、砂漠化に飲まれつつも幾分か残っており、ビニールを使って水蒸気を集めるであるとか、あとは、特に思いつかないので割愛するが、とにかく色々頑張って、俺たちは砂漠の中で生活する術を身につけていったのだった。

 いつかあの緑の世界を…それが俺の願いだった。方々を巡って植物の種をかき集めては、試行錯誤を繰り返して地球に緑を取り戻すための試みを行なってきた。

 砂漠というのは日中は異様に温暖だが、夜間は寒さが厳しく、砂漠そのものが人間の生活を拒むかのように、俺たちを苦しめた。

 やがて砂漠で生活を初めて50年余の年月がたった、長門は依然何も変わらず昔の長門姿のままであったが、俺は随分と年老いてしまった。

 

 ある朝、日よけ用のテントから這い出して、畑を見に行くと、そこに一本の芽が芽吹いているのを見つけたのだった。

 俺はそこにひざまづくと、涙を流してその新しい命の誕生を喜んだのだった。

 そして神に感謝をした。


——ハルヒありがとう。


 しかしよくよく考えたら全てハルヒが原因だったことを思い出したので、俺はその後天に唾を吐いたのだった。


「犬は勘定に入れません――あるいは、消えたヴィクトリア朝長門有希の謎」完

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る