才智あふるる郷士ドン・キホーテ・デ・長門有希(El Ingenioso Hidalgo Don Quixote de la Nagato Yuki)
johnsmith
第1話 パーマー・エルドリッチの三つの長門有希
秋も深まってきた折に、文芸部の部室で校庭の紅葉などを眺めてぼんやりしていると、芸術の秋、などと言って一句諳んじてみようなどと言う無謀な発想も出てくると言うものであるが、よくよく考えたらここは文芸部であるので、むしろ書くべきは小説なのではないか、と思うのである。
今日はハルヒが珍しく狂犬病にかかって欠席しており、平和な放課後になるであろうことが予想できた。長門は部屋の隅で本を読んでいる。古泉と朝比奈さんはまだ来ていないが、古泉は今頃病魔にうなされるハルヒの作り出した閉鎖空間で死闘を繰り広げているのであろうし、朝比奈さんは今頃はお魚くわえた野良猫を追いかけて裸足で町内を駆け回っている頃だろう。
静かな部室の中で時折長門が本をめくる音が響く、なんとも落ち着いた雰囲気である。ぼんやりと16次元超ひも理論のことなどを考えていると、静寂は突然の轟音によって破られた。銀色の外車が文芸部の部室の壁を突き破って現れたからである。壁際でカニ歩きをしていた長門は漫画の誇張表現のごとく吹き飛ばされた。大丈夫か長門。
銀色の車は、なにやら改造を施されているらしく、ところどころにパイプのようなものが飛び出したり、反射でよく見えないが車中では何やら表示系のLEDのようなものがピカピカ光っている。車体の表面には霜が降りており、それは朝比奈さんがPTSDを使ってタイムトラベルをする際に起きる現象と酷似していた。
「ついにやったぞ!」
ドアを開けて飛び出して来た老人は歓喜の声でそう言った。随分とご年配の方であるように見受けられる。
「君、今日は何年の何月何日かね?レーガンは大統領になったか?」
老人に問われ、俺は今が何年であるか答え、ついでにレーガンみたいなカウボーイ俳優がアメリカの大統領になる訳が無い。と答えた。
「成功だ!実に長い道のりだったが、ついに過去に来ることができた…どうした、あまり驚いていないようだな…」
やけに馴れ馴れしいこの老人は俺の顔を見ながら不思議そうな顔をした。
老人の身なりはボロボロで、見てくれだけ言えばあまり科学者のようにも見受けられない。むしろ浮浪者といった方が適切だろう。しかし、俺に積み上げられたトンデモ現象の経験値からすると、やはりこの老人はタイムトラベラーであると見て間違い無いだろうと思う。朝比奈さんだって似たようなものだ。
「さて、未来から来たはいいが、実際に過去で何をするか、と言うとなかなか思いつかないものだな…そうだ、君、記念に何か過去に行った証拠になるものを持ち帰りたいのだが、お返しをするにしても、未来のお金を渡されても困るだろう、何か未来のものと交換して欲しいのだが、どうだろう」
老人の言うことはもっともで、未来に行ったのであれば、なんであれ過去に持って帰れば大変にもてはやされるだろうが、過去に来たところで近い過去であればたいして価値のあるものもないだろう。過去のスポーツ年鑑を買って帰ったところで、「涼宮ハルヒの娯楽天国」は作ることはできないのである。
それはそうと、銀色の外車が突っ込んで来たことによって破壊された部室と長門をなんとかして欲しい、と言ったら、老人はひとしきり謝ったのち、未来の移動型シェルターなる頑丈そうな組み立て式の箱型の住居のようなものを部室の代わりに、と組み立ててくれた。太陽光と地熱によってエネルギーを循環させ、地下水と土によって永久に食料を合成し続けてくれる機能までついていると言う。壊れた長門に関しては老人は新しい長門を用意してくれた。これがどう言うシステムだったのかはわからないが、とは言え手元には新しい長門がやって来て、古い壊れた長門は老人が廃品回収屋よろしく回収していくとのことだった。
俺はお礼ついでに老人が欲しがったので各種雑新聞、雑誌などとともに、文芸部ことSOS団で執筆した文芸部誌を渡し、老人は過去を惜しみながら、外車で時速80マイルまで加速し、今度はコンピ研の壁を突き破って炎の轍を残して未来へ帰って行ったのだった。
老人の置いて行ったシェルター型住居が随分と快適だったため、部室がわりのその空間で数日ほど俺は惰眠を貪り、新しい長門は本を読んでいたわけであるのだが、いい加減学校や家にも顔を出さなければなるまい、と思い、シェルターから出てみると、見渡す限りの荒野だったので大変驚いた。どうやら常々朝比奈さんが言っていた第三次世界大戦による核ミサイルの応酬で地球上の全てが吹き飛んだ後だったようである。
ひょっとするとあのみすぼらしい老人は、俺だったのではなかろうか。長門は新しい長門がいるからいいとして、これから俺はこの何もない世界でタイムマシンを作り、過去へ戻って俺自身を救わねばならないようである。あの老人のくたびれ具合から見て40年以上かかるであろうことは想像に難くないが、他にできることもないのでコツコツとタイムマシンを作ることに没頭するしかないようだった。
しかしこの時俺は、過去に今現在俺の横にいる長門を持って行った場合、この新しい長門は一体どこからやって来たのか?という根源的な問題に、一切気がつくことがなかったのである。
「パーマー・エルドリッチの三つの長門有希」完
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