第19話 冒険者の現実

 森林地区内部は、まさに「神秘的」という文字が似合う場所であった。

 高くそびえ立つ木々はあるはずの天井すら覆い隠し雲の如くその葉を茂らせている。

 不思議な事に、その葉は所々「発光」しており、暗さどころか明るさがある。

 だがそれ以外にも光源が存在した。

 岩や地面に生えている「ヒカリゴケ」。

 ゆらゆらと飛び回り、点滅を繰り返す「ヒカリムシ」。

 森林地区の特産とも言えるこの2種類の生物が織り成す、この淡い雰囲気は初めてここに訪れた冒険者達を魅了する。


「すごいですね...」


 アイリスとアルフレッドもそんな冒険者の1人だった。美しさに思わず見惚れてしまっていた。


 しかし周りの冒険者達はそんな光景に構う事なく森の中へとその足を進めている。

 彼らにとってはこれが日常なのだ。

 毎日。冒険者になって夢を膨らませて上へと歩もうとして夢半ばで諦めてしまった彼らがこの第2階層にやって来てから毎日、見続けているのだ。この神秘的で幻想的な風景を。


 彼らの目を見ればよく分かる。その目には目の前しか写っていない。幻想的であった未来は既に見えなくなっている。まるで、夢と希望を諦観したかのように。


 後に聞いた事であるが、森林地区はどうやらこういったドロップアウトした冒険者が落穂拾いに精を出している地区のようだ。

 その日暮らしの為に依頼を受け、目標物を採取して帰る。ギルドの酒場で安い酒を飲み、安い飯を食べ、ギルドの簡易宿舎で寝る。たったそれだけの生活を続けている者達。それはまるで亡者と変わりがない。

 冒険者とは名ばかりの、ただの生きる屍だ。


(ですが、これが現実なのですね)


 もしかしたら、昨日であったネイトとシャルルも同じなのかもしれない。

 彼らには特殊な事情があるようだが、それでも偏見が彼らの印象を食い尽くしていくような感覚を覚えてしまう。

 もしかしたら、自分達も彼らと同じようになってしまうかもしれない。

 そう考えると、良くない未来ばかり想像してしまう。

 もし、このまま冒険を続けて、塔に登り続けて、どちらかが道半ばで倒れたとき。

 その時遺された片方はどうするのだろうか......?と。


「行こうぜアイリス。見惚れるのも終わりだ」


 アルフレッドがアイリスに声を掛け歩み始める。アイリスも悪い方向に動いていた思考を振り切って彼の後ろを進み始めた。



 2人は幻想的でもある森の中を進んでいく。淡い光の中、第3階層への入り口を探す。


「入り口ってどんな形なんだ?」

「そういえば、聞いてませんでしたね」


 この広大な森の中、形すら分からない入り口を探すのはもはや不可能に近い。そこに気付けずにやってきた2人は迂闊であっただろう。

 だがそこはノリと勢いのアルフレッドだ。悲観する事なく、歩むスピードは落ちない。

 アイリスは自分よりも背が低い彼を頼もしく思いながら同じく前に歩いて行く。

 森の中といっても人が通った後はある。所謂獣道と似たような道もあるが、森林地区の奥に第3階層への道があるという推測がある以上横道は全てスルーするべきだ。


「しっかし、奥までどれぐらい掛かるんだろうなぁ」

「そうですね、半日も掛からない予想ではありますが」

「リリアーナがそう言ってたけど、この森の中だぜ?ピクニックじゃねぇんだからそう簡単に...」


 アルフレッドが歩みを止め、今まで緩やかだった雰囲気を一気に戦闘モードに切り替えた。アイリスも一瞬遅れて事態に気付き、鞘からショートソードを抜き放ち構えた。


 気配は増える。1つ、2つ。更に、増える。5つ、6つ。10を数えた頃、不意に2人の頭にあの音が鳴り響く。


 Ring...


 鐘の音だった。あの、スライム地獄を見せた鐘の音がまたもう一度彼らの耳に反響したのだ。


「またこの音!?」

「アイリス!来るぞ!」


 息を吐かせぬようなタイミングで2人に複数の影が襲い掛かる。だが2人は難なくその影を殴り、蹴り、斬りつけ、命を奪う。

「ギャイン!」という声と共に、倒れ伏した影の正体は森林地区に生息するウルフドッグと呼ばれる凶暴なモンスターだ。それが気配を探るだけで15を数える。息を潜める個体が居たとしても20は超えないだろう。


「アルさん!相手は素早いモンスターです!茂みの奥から飛び出して来ることでこちらへの攻撃タイミングを分かりづらくしています!」

「ワンコロの癖に頭が良いな!どうすればいい!?」

「アルさんの速さには、アイツらは追いつけません」

「ならいつも通りか!迎撃する!......。アイリス!」

「なんですか!?」

「背中は任せた!」


 アルフレッドがそれはもう良い笑顔でアイリスに親指を立てる。唐突に頼られたアイリスはキョトン、としたがそれを笑顔に変え、すぐに顔を凛々しい戦闘モードに切り替えた。


「もちろんです!お任せください!」


 2人は背中合わせになり、来るであろう敵の襲来に備える。

 ウルフドッグの唸り声が辺りに響く、しかし緊張もなければ油断もしなかった。不思議と冷静でいられるのだ。

 背中越しのアルフレッドが動く。3匹のウルフドッグがアルフレッドに飛び掛かって来ていた。アイリスは後ろの心配をせず前から飛びかかってきた1匹の喉にショートソードを相手の勢いを借りながら突き刺した。

 案の定ウルフドッグの血を浴びるアイリスだが気に留めずに絶命したウルフドッグからショートソードを引き抜き次なる目標に視線を移した。













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