第16話 アイリスの話

リリアーナが取ってきた会議室は前回と同じくパーティ用の小部屋だ。

そこに3人が座る。各々の顔はそれぞれだ。


「それで?一体どういう厄ネタを持ってきてくれたワケ?」


全員が座るなり、とてつもなく嫌な顔をするリリアーナが状況の説明を求めた。


「槍の勇者、とかいうのに襲われた」

「ごめん、今すぐこのパーティの専属辞めていい?」

「俺はどんだけヤバい奴なのか知らねーけどリリアーナのその反応でよく分かった。てか、そんな嫌そうな顔すんなよ」

「ていうか勇者だよ?あの悪名高い勇者よ?知らないのアルフレッド?」

「知らねーよ。そもそも勇者ってなんだ?アイリス。その辺良く分かんねーしアイツとの関係含めて話せるとこを話してくれ」


2人の視線がアイリスに集中する。

流石に黙っている訳にはいかないだろうと彼女も重々承知していた。

だから―――。口を開いて、話す決心をした。


「勇者とは、至高神から与えられし役割ロール。至高神から与えられた力を用いて、人を導く存在。『だった』のです」

「そりゃあ、人襲う奴がそんな御大層なモンでは絶対にないな」

「その辺は一般には公開されてる情報。その『だった』って以外ね」


はい、そうです。とアイリスは言葉を続ける。


「本来はそうでした。しかし古き時代、初代勇者と呼ばれる伝説の方々が魔王を討伐して以来、この国に戦乱以外の災厄は訪れませんでした。いつしか勇者は『個人で最高の力を持つ者』として持て囃されて来ました。平和が、本来の勇者を殺したのです」


古き時代。それは1000年以上も昔の話。

世界は魔王による悪意に怯えていた時代。

その時代は神とは人の間近にあるものだったそうだ。

しかし神を一人残し、『6人』の神はその身を奇跡の触媒に捧げ、人に力を授けた。

それが勇者。


剣の扱いに長けた『剣の勇者』

槍の扱いに長けた『槍の勇者』

弓の扱いに長けた『弓の勇者』

盾の扱いに長けた『盾の勇者』

拳の扱いに長けた「拳の勇者』

魔法の扱いに長けた『魔法の勇者』


彼らは神に与えられたその力を持って、世界を救った。

そして彼らの子孫。魔法の勇者を除く勇者の男児の子孫は勇者の力を得る。

そうして『名家』が出来上がった。勇者の血と力を後の世に残していく為に。


だが、魔王という脅威がなくなったこの王国に、勇者は必要なくなった。


「元々の初代勇者が女性だった魔法の名家を除く全ての名家は、優秀な血を残す男児を求め始めました。ありとあらゆる方法で。口に出すのも憚られるそのやり方はいつしか名家を壊していった」


次代の勇者を残せなければ、王国から討伐されるのは自分達だから。


「そして今代の勇者達は、ある意味での限界となりました。噂は聞いているかと思います。特にアルさんは実際に目の当りにされたと思います」


そう、力に傲慢になった勇者が現れてしまったのだ。それも、近年で稀に見る強大な勇者の力を持ってしまってだ。


「まともなのは、盾の名家ぐらいでしょうか。周りに毒されず、次代の勇者と目される方は幼いながらとても紳士的である、と聞いています。まだ年齢に達していないため、勇者の儀式を受けていないので正式な勇者ではないそうです」


「ねぇ、ぶっちゃけた話聞いてもいい?」


リリアーナが手を上げてアイリスに質問する。


「はい、なんでしょうか」

「流石にこの場で話してくれる、とは思ってたんだけどさ。結構気になるから私から聞く。アイリスってどこの勇者の名家の人間なの?」

「おい、リリアーナ」

「煩い。あんたも気になってたでしょ?流石にここまで話されたんなら気になるし、厄介事はさっさと耳に入れとくに限る。安心しな、名前変えたかどうだかまでは知らないけど、名前を偽って冒険者に態々なったアンタの素性は誰にも漏らさない。仮にギルドマスターであったとしても。私がこのパーティーの専属ギルド員である限り、あんたの味方だから」


リリアーナは胸を張って「流石に仕事云々言ってる場合じゃないしね」と付け加える。結局は野次馬根性では?とアイリスも思わず笑ってしまう。そして心配した顔でこちらを伺ってくるアルフレッドも、なんだか可愛らしかった。


(アリシア姉様。私は今、とても良い友人に巡り会えました...)


「この場で、お話するつもりでしたがやはり気になっていたのですね。まぁ、考えれば直ぐに分かる事でしょうし。私の本当の名は、アイリス・ダウェンポート・マルセイユ。剣の名家、マルセイユ家の三女です」


それからアイリスはゆっくりと自分の今までの境遇を話し始める。


自分は恐らく何処かの勇者の名家に嫁ぐ事が決まっていたのだが、現マルセイユ家当主である姉が私を勘当する事でそれを避けた事。



「お姉さんが?剣の名家に勇者は居ないの?勇者を継いだ者が当主になるって聞いてたけど」

「私に兄弟は居ません。ですから無理矢理、父様を隠居させたのです。母様が亡くなられてから、人が変わったように酒に溺れる日々だったので......」


いくらもう男児が望まれないような状況でも流石に家を取り潰す事は出来なかった。だから女が仮ながら当主になる事が出来たのだ。

だがそれは破滅すらも意味する。


「アルテミシア姉様。マルセイユ家の次女である姉様は現槍の名家当主、槍の勇者の事ですが、それに『嫁ぐ』という形でマルセイユ家の家潰しを防いでくれた人。アルフレッドは知っているでしょう、あの槍の勇者が下衆に言っていた方です」


過去、槍の勇者に難癖をつけられ多額の賠償金を請求されたことがあり『代わり』としてアルテミシアがその身を差し出した事。


「アルフレッドは、恐らく察しているかもしれませんが、槍の勇者の槍である『グランシーザー』。アレは呪いの槍です」


曰く、穂先に映った相手の行動を縛りつけ、突き刺した相手を確実に殺す、もしくは傀儡にしてしまう呪いを与える代物だという事。


「それを容赦なく、自分の欲望を叶える為にいくらでも使う。アルテミシア姉様も、槍の呪いで恐らくは...」


そこで、アイリスは言葉を区切り呼吸を整える。暗い顔なのは相変わらずだ。


「もはや勇者とは呪いなのです。起源がどうあれ、当時の人々、触媒となった神々がどういう祈りを捧げていようと。今のこの時代には呪いでしかないのです。何人。いえ、何千人。携わった者全て含めれば万に届くような人達がこの呪いによって人生が狂い、そして......」


私も、そのうちの1人になりかけていたのです。


そうして、アイリスは言葉を締めくくる。藪を突けば蛇どころかゴーレムが飛び出してきたと言わんばかりに部屋には重い空気が流れた。


「今の私には為すべき事はなにもありません。今の私がすべき事は勇者に関わらぬ事。ですが、それも出来なさそうですし...」

「因果が巡ったような感じねぇ。こればかりは私もギルドの決定を覆せない」

「分かっています。まぁ、槍の勇者だけであれば避ける事は十分可能ですし」

「ごめん。一つ言い忘れてたわ。アイリスが言った勇者、全員この街に来てる」


唐突な爆弾発言に、アイリスとアルフレッドが固まる。アイリスなど今まで見たこともないような顔で驚いていた。


「ほんと、ごめん。勇者隊っていうパーティーを組んで塔に登る準備してる。その、次世代の盾の勇者っていうのと一緒に。てっきり既に情報知ってるかと思ってた」

「あぁ、アイリスのお馬鹿......。私はなんと間の悪いことを.......」

「あと、もう一つ。あんたらが取ってきた移動の水晶玉だけど、アレ元々勇者隊用のヤツ。あのモンスターも」


アイリスは無言で頭を抱えた。

そりゃあ、こうもなるものであろう。アイリスにとってみたら余りにも酷い結果だ。


「その、アイリス......」

「なんですかアルさん......私は今非常に落ち込んでいるのです」

「ごめん、俺なんかと一緒に来たばかりに」

「何を言うのですか!自分の行動に後悔はすれどアルさんと出会った事に後悔などしてはいませんよ!」

「お、おう。勢いが強い、勢いが」


机を乗り出して、アルフレッドに迫る勢いで顔を近づけるアイリス。アルフレッドも流石に照れたのか顔が少し赤くなって目線をずらした。


「まぁまぁ。とりあえず、目下のところは『勇者隊は全力で避ける』ってことだね。こりゃあ暫くは2階で行動してもらおうかと思ってたけど止めといた方が良さそうねぇ」

「俺としては大歓迎だけど、なんでだ?」

「勇者隊の行動は割と私達の間で情報共有されるからねぇ。で、アイツら暫くは第2階層でのんびりするんだってさ。他の冒険者にとったら良い迷惑ってワケ」

「はぁ、成る程なぁ。てことは暫く上を目指すって事でいいか?」

「はい、そういうことであれば私は賛成です」

「んじゃあ今後はまず10階を目指す。それでいいね2人とも?」


リリアーナの言葉に2人とも賛成する。

それから3人は今後の予定を話し合うことにした。


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