第15話 ギルドに戻ってからの話

バベルの塔から出た2人は真っ先にギルドの酒場へと赴き、食事を摂った。アルフレッドは相変わらずの量だが、アイリスはいつもより少ない。サンドイッチとコーヒーだけだ。

どうしても食べる気分にはなれなかったのだ。それでも、冒険者は身体が資本なので少しでも食べざるを得ない。


そして塔から出るまでも、出てから酒場に来ても、そして現在メシを食べている最中も2人の間に会話は一切なく、側から見れば剣呑な雰囲気が流れていた。





(めっちゃ気まずい......)

(凄く気まずい、ですね......)


そうかと思えば2人の思考はこんなもんである。

2人とも思考を顔に出さない事と相手の様子を観察できる程の余力がないのである。


(なんか喋れよアイリス...。すっげーイライラしてたのは俺だし、悪かったからさ......。怒ってんだろうなぁ、すげぇ話難い.........)

(ご飯食べ終わったら、と言っていましたし...まだ機嫌悪そうですし...今後のことも考えるとこれ以上険悪な雰囲気にしたくないですし、どうすれば......)


かくして2人の無言時間は続くのである。思考のすれ違いとはなんと恐ろしい事か。こうしたすれ違いからパーティ解散も実例としてあるのだから余計に慎重にならざるを得ない。2人共それぞれを嫌っていないのだが、出会ってまだ1週間しか経っていないのである。察しが悪くなるのも仕方ないというもの。


((どうすれば......))


と、同時に同じ事を考えていてもお互いの目を見ないのだから気付くこともない。2人であれば目を見れば相手の感情ぐらいある程度把握して話すきっかけにもなるのだが......。


「ひぃ...アイリスさんとアルフレッドさんの様子がおかしいぃ......」


というセリフを2人にも聞こえる声で言ってしまう犬耳少女のノーラが居てしまうのである。

なんとも間の悪いことであるが、その言葉を切っ掛けに更に2人は勘違いを加速させていく。


「あ、あの......食べ終わったお皿を回収しても......?」


アイリスは無言で自分の皿とアルフレッドの皿を回収して纏めた上でノーラが持っていたお盆の上に乗せる。しかも無表情である。


「ひぃ...す、すいません。何をしたか分かりませんがすいません......し、失礼しましたぁ!」


哀れ給仕少女ノーラ。

アイリスが「アルフレッドが食べた分のお皿が多いので纏めてあげましょう」と善意で行った行為だったが、アイリスが無言と無表情というそれは勘違いしても仕方がない仕草でパパっと仕事を奪われた。

挙句何事もなかったかのように食後のコーヒーを飲まれれば「何か粗相をしてしまったのだろうか」と思い込んでしまうのも仕方ない事だ。


(何かしてしまったでしょうか...?)


と、アイリス本人はそんな事情を全く理解していないのでたちが悪い。正に負の連鎖である。




さて、食べ終わってからも会話の糸口を掴めない2人。アルフレッドは水を飲み、アイリスは残り少なくなったコーヒーを少しずつ啜っている。

さっさと「あの」でも「えっと」でも言葉を出せばいいのだが当の2人にはそんな勇気が存在していない。


(師匠、気まずくなった時の会話の切り出し方教えてくださいよ!)

(こういう時に声を出す勇気をなぜ出せないのですか私は!)


もどかしさはイラつきを呼び、更に雰囲気は険悪になっていく。

その雰囲気は周りにも伝わり、誰も2人に話しかけるものは居なくなるどころか2人を避け始める。冒険者はこういう雰囲気には無駄に聡いのだ。色恋沙汰など、面白そうな事には食いついてくるのだが気軽に口を挟んだら喧嘩に巻き込まれたりだの延々と愚痴に付き合わされたりと面倒な事は枚挙に遑がない。常に切った張ったの生死を賭けた日々を過ごしている冒険者は火傷を避けるものなのだ。


そうして、時間だけが過ぎていく。

話し出せないままの無駄な、けれども必要な時間が2人の間をただ流れていく。


「おい、塔から帰ったら報告しに来いって、私は言ったはずだぞ」


イラついた声と共に2人の頭に拳骨が飛んで来た。

唐突な出来事に状況が把握できない2人は頭を抑えながら声の主人を見る。


「なんだ?2人揃って情けない溝鼠みたいな雰囲気出して。喧嘩でもしたのか?それはどうでもいいけど、報告ぐらい来い。私はどれだけ待ってたと思うんだお前たち?」

「リリアーナさん、その...これには事情が.....」

「煩い。黙れ。私に「帰りました」の一言も言えずに勝手に酒場でご飯食べて私の可愛い可愛い後輩のノーラを虐めたアイリスに謝罪以外の発言権はない」


怒っている。それはもう、とてつもなく。


「いいか、私は赤ん坊でも出来ることをお前らに求めてるだけだぞ?ただ私に一言言えばいいだけだ。受付カウンターに寄って、奥でクソのように山積みの書類を崩さないように一つずつこなしている私を呼び出して、だ。「今戻りました。とりあえずメシ食ってから報告します」と伝えろと言っているんだ。私の言葉は分かるか?耳にゴブリンのクソが詰まってるワケじゃないだろ?それともなんだ。別の言語で喋った方がいいのか?」

「ご、ごめんなさい......」

「よろしい。非常によろしくないが今日はよろしくしよう。で、そこのクソチビは何か言うことは?」

「.........」


殴られた事が気に食わないのか、アルフレッドはそっぽを向く。リリアーナはそれが気に食わず、口の端を釣り上げ、頬をピクピクと痙攣させる。爆発する寸前の仕草だ。アイリスは両耳を両手で覆って次に起こるであろう咆哮に備える。

周りでこちらの動向を気にしていた冒険者もアイリスと同じ姿勢だ。


「いい加減にしろコラァ!!こちとらお前達が戻ってくるまで永遠に書類作業が待ってんだぞ!!?次から割のいい依頼回さないぞコラァ!」


リリアーナがアルフレッドの両側頭部を拳でグリグリと締め上げる。まるで万力のようだ。


「あいだだだだだだだだだ!!?」

「謝るまで辞めないからなぁクソチビィ!今日は絶対に許さない!!」

「いだだだ!謝る!謝るからぁ!」

「そうか!早く謝れコラ!」

「ごめん!ごめんって!!ちゃんと次から報告してからメシ食うから!ほんとだって!だじゃらやめてくれ!いだだだだだだ!!」


アルフレッドが謝ると、リリアーナはその手をパッと離す。満足はしていないようだが、今日のところは許してくれるようだ。


「ったく。次はないと思って。で、2人の機嫌が悪いのはなんで?」

「あの、会議室借りられませんか...?」

「.........あー、なるほど。そーいう次元の話ね。了解。非常に聞きたくないけど仕事だから私も聞かなきゃいけないんだよね?」


アルフレッドとアイリスは揃って頷く。それを見たリリアーナは顔を手で押さえる。


「分かった。覚悟はしとく。取り敢えず部屋借りてくるから待ってて」


溜息を吐きながらリリアーナはその場から去っていく。

残された2人を残して、酒場の喧騒は徐々に戻っていく。先程の2人の雰囲気やリリアーナの怒声がなかったかのようだ。


「なぁ、アイリス」

「あっは、はい。なんでしょうアルさん......?」

「さっきは、ごめん。ちょっとイラついててさ」

「こちらこそ、事情を説明出来ず申し訳有りませんでした」


やっと言葉を紡げた2人は揃って頭を下げる。だが、本題はここからなのだ。

アイリスは全てを話す義務があった。そして、アルフレッドとリリアーナの2人にはそれを聞き、考える義務が同時に発生する。


ここからは、アイリスの生家。『マルセイユ家』、そして『勇者』に関する今のアイリスが持つ知識の全てなのだから。



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