第13話 ネイトとシャルル
「助かりました。ありがとうございました、本当に」
「いえいえ、お礼は一杯奢って頂くだけで結構ですから」
「姉ちゃんさっきのすげぇな!アイリスが空飛んでたぞ!俺にもやってくれ!」
「えっと、奇跡の類なのでそう乱発できないというか...」
モンスターを殲滅後、アイリスとアルフレッドは助けた2人組の冒険者と休憩をしていた。
「紹介が遅れました。私、シャルルといいます」
「俺はネイト。解毒の水薬、大変助かった」
「おう、後で代金くれたらいーぜ。金に困ってんなら貸し一つな!あ、俺はアルフレッド!」
「私はアイリスと申します。よろしくお願いしますねお二人共?」
2人揃って握手する。先程までぐったりしていたネイトも今では起き上がれる程になっている。解毒の水薬も万能のものでない。薬が効果を発揮するまで時間は掛かるものだ。回復具合から見て、恐らくかなり毒が回っていた状態だったのだろう。下手をすると後遺症が残っていたかもしれない、とは流石に口には出せなかった。
「出口まで護衛します。ここに居ても危険ですから」
「よ、よろしいんですか?」
「助けただけ助けて、はいさようなら...は流石に気が引けますしね?」
「そういうこった!今度メシ奢ってくれよな!」
なんとも安請け負いだな、と恐らくネイトとシャルルは思っている事だろう。
アイリスにしては解毒の水薬分を支払ってくれるか、また今度その分の借りを返してくれるだけで良かった。アルフレッドは十中八九、メシを奢って貰うのはただの建前で本当に見返りなど求めていないのだろう。どちらかといえばアイリスよりアルフレッドの方が勇者らしさがある。
「では、すまないが頼めるか?」
「おうよ、任せとけ!」
アイリスよりも低い身長で胸を張るアルフレッドを見ると、子供が精一杯背伸びをしているようにも見える。本人は至って真面目であり、実力もあるのでアイリスは茶化さなかった。
「そういえば、いつもお二人で塔に?」
「はい、第2階層で採取をメインにしているのですが今日は運が悪く...最初はネイトも頑張ってくれていたのですがポイズンスネークに噛まれて、もうダメかと思って...」
「そこに我々が通りかかった、と」
状況は至ってシンプルで、想像も容易い。言わば『不幸な事故』のレベルだ。
そこに運が良いのか悪いのか、アイリス達が通りかかった。ただそれだけの事。
今回は鐘の音も鳴らなかった。なら、これは試練やその他の類、バベルの塔が与えたものではないのだろう。
そこでふと、疑問を感じる。
まだ鉄プレートの初心者冒険者であるアイリス達が鐘の音を聞いているのだ。2人より2つ階級が上である鋼鉄プレートのネイトと1つ階級が上である黒鉄プレートのシャルル、この2人は鐘の音を聞いたことはあるのか、と。
「鐘の音?いや、聞いたことがないな。シャルルはどうだ?」
「私もないですね...」
その疑問も一瞬で崩壊した。彼らは聞いた事がないのだと言うではないか。
(...カイルさんやトーマスさんにも聞いてみるべきですかね?)
今までなぜ他の冒険者が聞いた事があるかどうかの確認をしなかったのか。まるで思考に靄がかかっていたようだ。
あぁ、それと。と先程までの鐘の音の疑問を思考から払い去ったアイリスはもう一つの疑問を彼らに問いかける。
「あの治癒の魔法について、なのですが。やはり、あまり聞かない方がよろしいですか?」
「えっと、その......」
「すまないアイリスさん。あまり詮索しないでいただけると嬉しい」
「ですよね、申し訳ありません」
シャルルが言い淀み、そこにネイトがすかさずフォローを入れる。
やはりか、とアイリスはそれ以上の詮索を辞めた。呪文に関しても神官特有の神への祈りに似たもので特に特別性は無かった。ならば彼女も『勇者』に似た、神に魅入られた者なのだろうと結論付ける。
「しかし、2人とも強いな。あの大群相手に引けも取らないとは」
「だろ!そうだろ!俺はつえーんだぞ!アイリスもだけどな!!」
「鉄プレートの初心者ですから、まだまだですよ。アルさんはおかしいと思いますけどね」
「えぇ!?まだ鉄プレートなんですか!??」
「一週間前に冒険者になったばかりだからな。リリアーナももうすぐ黒鉄プレートになれるつってた!」
ネイトとシャルルの2人は驚く。それはそうだろう。強さで言えばアルフレッドは既に銅プレートに届くようなレベルだ。
そんな人間が鉄プレートに成り立て、というのだ。この反応は当然といえば当然である。
「凄いな、本当に。君のように強くならないとな」
「兄ちゃんも強いと思うぜ?その皮鎧も使い込んでるし、毒から復帰したてなのに隙があんまりないし注意力もある。あんだけのモンスターの大群でも逃げるぐらいは十分やれてたろ?」
「結果は逃げられていないのだから何も言えないが。まぁ鋼鉄プレートなりには出来ると自負している」
「......ネイトは強いですよ?」
「アルフレッドという鉄プレート冒険者が居る以上、自分が強いとは口が裂けても言えん。精進するとしよう」
シャルルがネイトをフォローするが、アルフレッドという規格外が居る以上、それは出来ないと彼は首を横に振る。
悪い事をしたかな、とアイリスは思うが
「師匠も言ってた。意味はよく分かんなかったけどさ。『そう思え。祈りや願いはいずれ現れて叶う』って。だから俺は常に自分は強い!って思うことにしてんだ」
だから俺は強いのは当たり前なんだ!と胸を張るアルフレッド。
「...よく分からないですけど、気持ちの持ちようって事ですか?」
「でしょうね。私もアルさんの事は良く知りませんが、彼は説明が下手なので」
ネイトを見ればうんうんと唸っている。あの説明で分かったのだろうか。
「男であれば一度は憧れるものだ。『最強の自分』というのは、な」
「だろー?」
「だが憧れは憧れのままでいずれ終わる。俺もその口だったんだがな」
ネイトはチラりとシャルルを見る。気付いたシャルルは首を傾げるが、ネイトはそのまま言葉を続ける。
「護るべき者もいるんだ。それぐらいはやらんとな」
「その意気だぜ兄ちゃん!」
「精々頑張るとしよう......出口、だな」
話しているうちに一行は坑道の出口に到着した。
「出口だ...良かった。生きて出られたんだね......」
「感傷に浸るのはまだ早いぞ。宿に着くまでが冒険だ」
「そうですね。階下までご一緒しましょう」
「いや、すまないが遠慮しておく。これ以上世話になるのも悪いからな」
「そっか。頑張れよ!また今度飯奢れよな!」
2人の元からネイトとシャルルは去っていった。シャルルは見えなくなるまで何度もこちらを向いて頭を下げていた。
「それじゃあ、どうしますか?パーティリーダーさん?」
「モンスターも予想以上に狩れたしなぁ。もう昼過ぎてるし腹減ったから飯食おうぜ飯」
「そうですね。中央地区に戻って食べましょうか」
2人も揃って歩き出す。そういえば肉の串焼きがあった、とか。パスタも美味しそうだった、とか。お昼に何を食べるか2人は和気藹々と話し合いながら帰路に着く。
「それで...おっ?前から強そうなのが歩いてくるぞ?」
「強そうなの、ですか?アルさんが言うのだからそれは、とて...も...............」
アルフレッドと話していたアイリスはアルフレッドの言葉に促されるように前方を見て、言葉を途切れさせる。
「アイリス、どうした?」
「アイリス、だぁ?随分と懐かしい名前が聴こえて来やがる.........。ほぉ、懐かしい顔も見えらぁ」
2人の前方にいた、赤と青を基調とした鎧を身に纏う長髪の男が2人に振り返る。その手には業物と間違いない一本の槍。
「へぇ、『オママゴト』ってワケ、かぁ!!?」
その男は槍と共に凄まじい速度で突進してくる。その鉾先には見間違えることのない殺気が籠っている。
避ける事を許さない。逃げる事を許さない。
アイリスはそれを知っていた。
アイリスは呪いの一種であると、知っていた。
『それ』が『姉』を貫いた事も。
自分は槍に刺される運命を逃れられぬように『なってしまった』と、知ってしまった。
「アイリス!!」
アルフレッドが叫び、アイリスを突き飛ばす。
突き飛ばされたアイリスはその呪いから逃れる。だが残った呪いはどこに行くか。
当然それは突き飛ばしたアルフレッドに向かうのだ。
「アル!!」
最悪の状況を頭の中で反復させながら、アイリスはアルフレッドに叫んだ......。
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